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1533年1月。1月4度目の市の集計後。お母様へのお願い。漬物教室の開催。鮪の新しい料理について

「母上には、お願いしたいことが二つあります」

八郎がそう言うと、囲炉裏の周りにいた全員が身構えた。

最近、八郎の「お願い」はただのお願いではない。

混ぜ飯を作ると言えば市で銭が動き。

魚のすり身汁と言えば捨てていた魚に値が付き。

天ぷらと言えば高級品の油を使って客を集め。

気が付けば父は千五百石分の徴税を任される立場になっていた。

だから母も苦笑する。

「今度は何をさせられるのかしらね」

「そんな怖いことじゃありませんよ」

八郎は笑った。

「一つ目は、漬物です」

「漬物?」

「はい」

八郎は頷く。

「母上には、時々でいいので漬物の作り方を教えてほしいんです」

母は首をかしげた。

「誰に?」

「他の村の奥様方です」

「私が?」

「はい」

「母上の漬物、美味しいですから」

その言葉に母は少し照れる。

「そんな大したものじゃないわよ」

「違います」

八郎は首を振った。

「その大したものじゃない『当たり前』が大事なんです」

「当たり前?」

「はい」

「母上にとって普通でも、知らない人には価値があります」

父が黙って聞いている。

八郎は続けた。

「ただし、銭は取らない方がいいと思います」

「取らんのか?」

父が聞く。

「はい」

「ここで銭を取ると」

「八郎の家は漬物の作り方まで売るのか」

「そう思われるかもしれません」

「なるほどな」

和尚から何度も言われていることだった。

儲けすぎると妬まれる。

だから銭の流れを作る。

「では何をもらうんだ?」

父が聞く。

「大根や紫蘇です」

「現物?」

「はい」

「教える代わりに、大根一本とか紫蘇とか」

「そういう形でもらいます」

「そうすれば」

「うちは材料が手に入ります」

「相手は銭を払わず覚えられます」

母が感心したように見る。

「なるほどね」

「それなら来やすいわね」

「はい」

「それに」

八郎は続ける。

「うまく漬けられるようになったら」

「うちが買います」

「買う?」

「はい」

「市で使う漬物として」

「ちゃんと値をつけて買います」

兄たちも顔を見合わせる。

一郎が口を開いた。

「つまり……」

「漬物を作れる家は銭を稼げるようになるってことか?」

「そうです」

八郎は笑う。

「うちだけが作っても限界があります」

「でも十軒が作れたら?」

「十倍になります」

「しかも」

「奥様方にも仕事ができます」

父が大きく息を吐いた。

「お前……」

「飯屋だけ考えとるんやないんやな」

「はい」

「銭の入口を増やしたいんです」

「税が重いなら」

「米以外で稼ぐ道を作るしかありません」

母は優しく笑った。

「それは素敵なことね」

「みんなで作れるものね」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「それで二つ目です」

「まだあるんやったな……」

三郎が笑う。

「はい」

八郎は真面目な顔になる。

「マグロです」

一瞬、空気が止まった。

「……まぐろ?」

父が聞き返す。

「昨日、見に行ってきました」

「お前ほんまに行ったんか」

「はい」

「大きかったです」

「ただ」

「赤身はいけると思います」

母が考える。

「でも魚臭いでしょう?」

「だから母上の力が必要なんです」

「私?」

「はい」

「海辺で赤身だけ取ってもらいます」

「水で洗って」

「血を抜いて」

「小さく切ります」

「それを」

八郎は手振りを交えて話す。

「味噌で煮込みます」

「味噌煮込み?」

「はい」

「ネギを入れて」

「椎茸もあれば入れて」

「野菜の切れ端も入れます」

「野菜の旨味を出します」

「魚の臭みを消して」

「温かい汁物にします」

母は少し想像する。

「……悪くないかもしれないわね」

「でしょう?」

八郎は嬉しそうに笑う。

「本当は」

「海辺で大鍋を出して」

「漁師さんたちに食べてもらうのが一番なんです」

「でも」

「場所もないですし」

「店を借りるのも難しい」

「だからまず市で売ります」

「いくらや?」

父が聞く。

「四十文です」

「強気やな」

「はい」

「でも量があります」

「マグロ一匹から取れる量を考えると」

「うまくいけば大きいです」

三郎が笑う。

「また捨てるものを銭に変える気か」

「はい」

「魚のすり身と同じです」

「みんなが価値ないと思ってるものに」

「価値を作ります」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで八郎は兄たちを見る。

「四郎兄様」

「五郎兄様」

「なんや?」

「もし売れたらお願いします」

「またか?」

二人は嫌な予感がする。

「売れた銭を持って」

「市で椀を買ってきてください」

一瞬静まり。

次の瞬間、全員が笑った。

「またそれやるんか!」

父が腹を抱える。

「売りながら器を増やす店なんて聞いたことないぞ!」

「仕方ないじゃないですか」

八郎は平然と言う。

「最初から百個買って売れなかったら無駄です」

「売れた分だけ増やせばいいんです」

「いや」

三郎が笑う。

「理屈は合っとるんやけどな」

「見た目がおかしいんや」

「客が食って」

「その銭で椀買って」

「また客に出す」

「どんな急ごしらえの店やねん」

八郎も笑う。

「でも前も盛り上がったでしょう?」

「あれは確かにな」

「市の人間も面白がっとったわ」

父が頷く。

「八郎の店は飯だけやないんやろな」

「なんか次何するんやろって見に来とる」

母も笑った。

「本当にどこへ向かっているのか分からないわね」

「私もです」

八郎がそう答えると、全員が吹き出した。

「お前が分からんのかい!」

「はい」

「全部成功するとは思ってません」

「漬物も」

「マグロも」

「湯浴みも」

「やってみないと分かりません」

「でも」

「できることから試します」

父は静かに頷いた。

「そうやな」

「焦らず一つずつや」

こうして八郎一家の次の挑戦。

漬物作り。

そして誰も食べようとしなかったマグロ料理。

また一つ、村を変える小さな種が蒔かれようとしていた。

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