表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
54/156

1533年1月。1月4度目の市で3軒分の売り上げを上げる。6300文。利益1370文。湯あみが見えてきたぞ(笑)

家に戻るころには、日も傾き始めていた。

いつものように囲炉裏の周りへ家族が集まる。

最近ではこれが当たり前になっていた。

商いが終われば帳簿を見る。

何が良かったか。

何が悪かったか。

次はどうするか。

三歳になったばかりの八郎を中心に話し合うという、他の家から見れば信じられない光景だった。

八郎は銭袋と帳面を前に置く。

「では、今日の確認をしましょう」

父は苦笑した。

「ほんま、お前が言うと庄屋の寄合みたいやな」

「父上が庄屋ですから」

「いや、仕切っとるのお前や」

兄たちが笑う。

八郎は気にせず続けた。

「今日の売上ですが、だいたい六千三百文ほどです」

新しく入った娘二人が目を丸くする。

「六千……」

「三百文……」

普通の農家なら簡単に見る額ではない。

だが家族は、最近少しずつ慣れてきていた。

「前回と大きく変わりません」

八郎は帳面を見る。

「なので細かい計算は今日は省きます」

「省く額ちゃうと思うけどな」

三郎が笑う。

「原価、人件費、寄進」

「そこは大きく変わってません」

「ただ」

八郎は新しく来た娘を見る。

「今回は働いてくれる方が一人増えました」

「はい」

娘が背筋を伸ばす。

「なので、その分五十文ほど多めに見ます」

「そうすると」

「利益は千三百七十文ぐらいになると思います」

一瞬静かになる。

父がため息をついた。

「相変わらず、とんでもないな」

「千文超えるのが普通みたいになっとる」

母も頷く。

「少し前まで五千文足りないって悩んでいたのにね」

八郎は笑った。

「でもまだまだですよ」

「まだ言うか」

「はい」

「だって」

八郎は指を二本立てる。

「あと二回ぐらい同じことができたら」

「湯浴みが作れます」

その言葉で兄たちの顔が明るくなった。

「あ!」

「そうやった!」

「湯浴み!」

次郎が身を乗り出す。

「ほんまに作るんか?」

「作りたいです」

「農作業した後、体拭けるだけでも違いますから」

父も少し考える。

「もう注文してもええんちゃうか?」

「どうせ釜やら何やら時間かかるやろ」

八郎も少し迷う。

「それも考えました」

「次の市が終わったら、先に頼むのもありかなと」

「でも」

「でも?」

「慌てすぎても駄目です」

父が頷いた。

「そうやな」

「今、庄屋のみんなも八郎に期待しとる」

「正直、わしも驚くぐらいや」

父は真剣な顔になる。

「だからこそ」

「こけるぐらいなら、ゆっくり行こう」

「銭は回り始めとる」

「焦る必要はない」

八郎は頭を下げた。

「はい」

「父上の言う通りです」

三郎が笑う。

「こういうところは三歳児やないんよな」

「普通なら銭できたら全部使いたくなるぞ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで八郎は二人の娘を見る。

「ところで」

「はい?」

「今日働いてみてどうでした?」

急に聞かれて娘は驚いた。

「えっと……」

「すごく働きやすかったです」

「皆様、優しくしてくださって」

「ありがとうございます」

頭を下げる娘に、八郎は首を振る。

「こちらこそ助かりました」

「人が増えたから店を回せました」

そして五郎を見る。

「五郎兄様」

「なんや?」

「次はお願いがあります」

「嫌な予感するな」

皆が笑う。

「五郎兄様と、このお嬢さんで」

「混ぜ飯売りをお願いします」

「俺が?」

「はい」

「四郎兄様もやってます」

「四郎兄様は三十五個売りました」

「でも」

八郎は手を振る。

「別にそこまで売れなくていいです」

「三十個売れたら十分です」

五郎は少し安心する。

「全部売れ言われるかと思ったわ」

「そんな簡単じゃありません」

「私が店で喋って」

「父上や母上や三郎兄様が料理して」

「常連さんもいて」

「だから売れるんです」

「一人で同じようにはできません」

父が感心する。

「ちゃんと分かっとるんやな」

「はい」

「だから経験です」

「五郎兄様が店を覚える」

「お嬢さんも売ることを覚える」

「それが大事です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そこで八郎は、もう一人の娘を見る。

「それと」

「はい?」

「四郎兄様と行っているお嬢さんには」

「お願いがあります」

「なんでしょう?」

「混ぜ飯を作れませんか?」

「私が、ですか?」

「はい」

娘は慌てる。

「でも奥様みたいには……」

母が優しく笑う。

「最初からできる人なんていないわ」

八郎も頷く。

「そうです」

「母上に見てもらいながらでいいです」

「少しずつ覚えてください」

「そうすると」

「四郎兄様が売りに行く日の混ぜ飯は」

「お嬢さん方で作れるようになります」

母が不思議そうに見る。

「八郎」

「はい?」

「私の仕事を減らそうとしてるの?」

「はい」

即答だった。

母は驚く。

「なんで?」

「母上には」

「別の仕事があります」

家族全員が止まる。

父が笑った。

「出たぞ」

「八郎の別の仕事」

三郎も笑う。

「今度は何や」

母も苦笑する。

「何をさせるつもりなの?」

八郎は真面目な顔で答えた。

「母上にしかできないことです」

「料理を作るだけじゃなくて」

「料理を教えることです」

「……教える?」

「はい」

「漬物」

「味付け」

「魚の下処理」

「煮物」

「母上ができることを」

「他の人にも伝えてほしいんです」

「そうすれば」

「母上一人が働くのではなく」

「十人が作れるようになります」

「十人が作れれば」

「十の村で仕事になります」

囲炉裏の周りが静かになる。

そして父が呟いた。

「お前……」

「飯屋を増やしたいんやないんやな」

八郎は頷く。

「はい」

「人を増やしたいんです」

「できる人を」

「仕事ができる人を」

「銭を稼げる人を」

母は少し笑った。

「三歳の息子に仕事を減らされるとは思わなかったわ」

「嫌ですか?」

「いいえ」

母は八郎の頭を撫でた。

「嬉しいわ」

「でも」

「はい?」

「あなた、本当に三歳?」

その一言で家中が笑いに包まれた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ