1533年1月。4回目の市。次回マグロ料理への挑戦をにおわせるwww価値のない魚に価値をつける
市が始まると、いつもの顔ぶれが集まってきた。
「おう坊主!」
「はい」
「また人増えとるやないか」
常連の男が笑いながら言う。
「お前、どんどん店を大きくしていく気やろ」
八郎は首を振った。
「いやいや、抑えてるんですよ」
「……抑えてる?」
周りが一斉に笑う。
「坊主、それ本気で言うとるんか?」
「本気です」
八郎は真顔だった。
「本当なら茄子田楽の店とかも考えました」
「茄子田楽?」
「はい」
「味噌塗って焼くやつか」
「そうです」
「酒には合いそうやな」
「でしょう?」
八郎が嬉しそうに頷く。
「でもやめました」
「なんでや?」
「火を見る人が足りません」
「……」
「焼き加減もあります」
「焦がしたらまずいです」
「味噌も調整が必要です」
「だから今やったら失敗します」
常連たちは顔を見合わせる。
「ほんま三歳児か?」
「三歳児が店増やすの我慢してる話なんか聞いたことないぞ」
別の男が笑う。
「でも坊主、欲張りやなあ」
「高いもんばっかり売ろうとしてるんちゃうか?」
「違いますよ」
八郎は慌てる。
「高いものを売りたいんじゃありません」
「じゃあ何や」
「価値がないと思われているものを、美味しくしたいんです」
その言葉に何人かが黙った。
「例えば」
「次は何や?」
「鮪です」
一瞬、場が止まる。
「……まぐろ?」
「はい」
「捨て魚やないか」
「だからです」
「だから?」
「今は安いでしょう」
「まあな」
「赤身のところを使います」
「脂は?」
「難しいと思います」
「腐りやすいですし、匂いもあります」
「でも赤身なら」
「ネギと一緒に煮て」
「味噌で味を整えたら」
「食べられると思うんです」
常連たちは呆れた顔になる。
「坊主」
「はい」
「お前ほんまに料理人やったことないんか」
「ないです」
「なんでそんなこと思いつくねん」
「試したいだけです」
「また試すか」
笑い声が起こった。
その時だった。
奥で聞いていた漁師の男が声をかける。
「坊主」
「はい?」
「今から見るか?」
「何をです?」
「鮪や」
八郎の目が輝いた。
「いいんですか?」
「ええぞ」
「ただし」
母が横から口を挟んだ。
「一人では行かせません」
「はい」
「四郎」
「はい」
「一緒に行きなさい」
「分かった」
「あと」
母は新しく雇った娘を見る。
「あなたも行っておいで」
「私もですか?」
「見て覚えるのも仕事ですよ」
「はい!」
こうして三人は漁師について行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
浜に着くと、八郎は思わず声を上げた。
「大きいですね……」
目の前には大きな鮪。
普段なら価値が低いと言われる魚だった。
「これが欲しいんか?」
「はい」
「変わっとるなあ」
漁師は笑う。
八郎は魚をじっと見る。
「次の市の時」
「赤身のところだけ分けてもらえませんか?」
「赤身だけ?」
「はい」
「血を洗って」
「切って」
「味噌で煮ます」
「ここで売ります」
漁師が笑う。
「売れると思うか?」
「分かりません」
「またそれか」
「でも」
八郎は笑う。
「酒のあてになると思います」
その瞬間、漁師たちは大笑いした。
「おいおい!」
「三歳坊主が酒のあてとか言うな!」
「飲んだことあるんか!」
「ありません」
「ないんかい!」
浜が笑いに包まれる。
四郎も苦笑する。
「八郎はたまに爺さんみたいなこと言うからな」
横で見ていた娘は、ただ驚いていた。
大人たち相手に。
漁師相手に。
普通に話している。
しかも相手は笑っている。
帰り道。
娘はぽつりと言った。
「八郎様って……」
「はい?」
「すごいですね」
「何がです?」
「大人の男の人たちと、あんなに普通に話せるなんて」
八郎は首を傾げる。
「普通ですよ」
「普通じゃないです」
四郎が笑った。
「それはみんな言う」
「でも」
八郎は鮪の方を見る。
「これが上手くいけば大きいです」
「そんなにですか?」
「はい」
「なぜです?」
「今、鮪はほとんど値がありません」
「はい」
「それが売れるものになれば」
「……」
「今まで捨てていたものがお金になります」
娘は少し考える。
「魚のつみれと同じ……」
八郎は嬉しそうに頷いた。
「そうです」
「よく覚えてましたね」
娘は少し照れる。
「聞いてましたから」
「魚のすり身も」
「安い魚から利益が出ました」
「鮪も同じです」
「もし百文で仕入れたものが」
「何百文もの利益になるなら」
「その銭でまた野菜を買えます」
「器を買えます」
「人を雇えます」
四郎が笑った。
「また銭を回す話やな」
「はい」
「それが大事です」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
市へ戻る途中、八郎は思いついたように言った。
「あ、四郎兄様」
「なんや」
「もし鮪が売れたら」
「うん」
「売れた銭を持って」
「また器を買いに行ってくれませんか」
四郎が吹き出した。
「またやるんか!」
「はい」
「前も売った銭で皿買いに走ったやろ」
「必要ですから」
「まあ……」
四郎は笑う。
「あれ、市の人ら喜んでたけどな」
「何してんねんって」
「端っこの店が売上で器増やしてるぞって」
娘も笑った。
「変なお店ですね」
「よく言われます」
そしてその日の市も終わった。
混ぜ飯。
つみれ汁。
炒め飯。
天ぷら。
酒。
夕方前には、ほとんど売り切れた。
片付けの後、銭袋を開く。
じゃらり。
大量の銭の音。
新しく入った娘二人は固まった。
「……」
「これ……」
「一日の売上ですか?」
父が苦笑する。
「最初はわしらも同じ顔した」
母も笑う。
「慣れないわよね」
八郎は帳面を開いた。
「でもここから仕入れ」
「人件費」
「寄進」
「次への準備」
「全部引きます」
娘が小さく言った。
「ただ儲けてるんじゃないんですね」
八郎は頷く。
「はい」
「銭は貯めるだけでは増えません」
「使って」
「人が動いて」
「また戻ってくるようにします」
三歳児の言葉とは思えなかった。
四郎は笑う。
「ほんま」
「鮪売れたら次は何言い出すんやろな」
八郎は少し考える。
「色々あります」
全員が同時に言った。
「やっぱりな」
また笑い声が市の端に響いた。




