1535年2月3週目。有馬・松浦、降伏。処分は当主の隠居のみ。家臣団を整えることと交易と借金整理。
二月三週目。
龍造寺家が降伏したという知らせは、数日のうちに肥前中を駆け巡った。
その報は当然、有馬家、松浦家にも届く。
さらに追い打ちをかけるように、八郎・島津連合軍一万五千が、それぞれの国境近くまで
進出しているという報告も入っていた。
有馬の館。
松浦からの使者も招き、急ぎ評定が開かれていた。
「……どうする。」
誰も口を開かない。
やがて有馬家の重臣が静かに言った。
「連合軍で迎え撃つという道もございます。」
しかし、すぐに別の家臣が首を振る。
「無理でしょう。」
「龍造寺殿ですら敗れました。」
「しかも野戦で。」
「本城も落ちた。」
「残党に期待することもできませぬ。」
「今も佐賀には六千ほど残っているそうです。」
「国人衆も次々と八郎方へ付いております。」
重苦しい空気が流れる。
松浦家の使者も深いため息をついた。
「こちらも同じです。」
「一万五千がこちらへ向かっておる。」
「加えて佐賀を合わせれば合計二万近い兵がおる。」
「もし我らが戦えば、援軍もすぐ来る。」
「勝ち目はございませぬ。」
有馬の当主も静かに目を閉じた。
「……降るしかないか。」
「はい。」
「ここで兵を失えば領民まで苦しみます。」
「八郎は領民を殺さぬ。」
「ならば残すべきは民です。」
その日のうちに、有馬・松浦両家は降伏使者を送り出した。
数日後。
佐賀城。
有馬・松浦の当主が八郎の前へ進み出る。
「このたびは。」
「我らの負けにございます。」
「降伏いたします。」
八郎は静かに頷いた。
「ありがとうございます。」
「余計な血が流れずに済みました。」
その一言に、両家の家臣たちは少し驚いた表情を浮かべる。
もっと厳しい処分が待っていると思っていたのである。
八郎は帳面を広げた。
「では、お仕事です。」
「はい?」
「まず当主様方ですが。」
「責任は取っていただきます。」
「隠居してください。」
二人は黙って頭を下げた。
「承知いたしました。」
「ですが。」
「家臣団はそのまま使います。」
「え?」
「肥前を一番知っているのは皆さんです。」
「外から来た人間では治められません。」
「なので、知縁の皆さんを中心に行政をお願いします。」
家臣たちは顔を見合わせた。
「まず帳面を全部出してください。」
「現在、龍造寺家の帳面を整理しています。」
「皆さんのところも仮計算ですが。」
八郎は筆を走らせる。
「城の借金。」
「約二千万文。」
「農民の借金。」
「約一千万文。」
「侍の借金。」
「約一千万文。」
「どこもだいたいこのくらいです。」
「細かい数字は後で調整します。」
有馬家老が思わず呟く。
「そこまで見当が付くのですか……。」
「はい。」
「大きくは外れません。」
八郎は続ける。
「まず農民の借金から返します。」
「市を立ち上げます。」
「寺社市も整備します。」
「仕入れを増やします。」
「借用証文をどんどん消します。」
「それを見てから侍、最後に城です。」
松浦の重臣が尋ねた。
「我らは何をすれば?」
八郎は地図を広げた。
「松浦。」
「有馬。」
「この二つは港があります。」
「交易できます。」
「ここが一番大事。」
海を指差す。
「今までは。」
「薩摩。」
「大隅。」
「日向。」
「肥後。」
「この辺を船でぐるぐる回していました。」
「ここへ肥前が加わります。」
「交易量が一気に増えます。」
「だから。」
「船の差配。」
「港の管理。」
「商人との交渉。」
「全部お願いしたいんです。」
松浦の家臣が思わず笑う。
「急に仕事が増えましたな。」
「そうなんです。」
八郎も笑った。
「今、毎週三百五十万文ほど利益があります。」
「でも。」
「肥前全域が動けば。」
「五百万文近くまで伸びると思います。」
「その利益で借金を消します。」
有馬の重臣が目を丸くする。
「五百万文……。」
「毎週ですか。」
「はい。」
「だから皆さんの力が必要なんです。」
しばらく沈黙が続く。
やがて松浦の家臣が恐る恐る尋ねた。
「その前に……。」
「我らへの処分は。」
八郎は首を傾げた。
「処分?」
「はい。」
「敗軍ですので。」
八郎は笑ってしまった。
「処分してたら。」
「人が足りません。」
「え?」
「今、一番足りないのは人です。」
「九州にはまだ大内、大友があります。」
「これから町を作らないといけません。」
「市場も寺社市も港も増えます。」
「そんな時に経験者を処分してどうするんです。」
家臣たちは呆気に取られた。
「……我ら。」
「責められると思っておりました。」
「責めても銭は生まれません。」
「働いてください。」
「それで十分です。」
有馬・松浦の家臣たちは顔を見合わせ、小さく笑う。
「なるほど。」
「我ら。」
「敵ではなく。」
「働き手だったわけですな。」
八郎は笑顔で頷いた。
「その通りです。」
「人手不足なんです。」
その一言に広間はどっと笑いに包まれた。
敗軍の将たちは、拍子抜けしたように肩の力を抜きながらも、自分たちがこれから担う
仕事の大きさを改めて理解していた。
戦は終わった。
しかし、八郎商会にとって本当の仕事は、ここから始まるのであった。




