1535年2月3週目。肥前の施しと八郎領の各家の姫君が到着。龍造寺の姫君達との対面。
龍造寺家が降った翌日。
佐賀城の広間には、八郎と一郎から七郎までの兄たち、商家衆、帳面役が集まっていた。
八郎は肥前の地図を広げる。
「まず二日、三日は、各地で炊き出しをしましょう。」
「領主が龍造寺家から八郎領へ変わりました。」
「これからよろしくお願いします、という飯です。」
三郎が頷いた。
「握り飯と味噌汁か。」
「はい。団子も出してください。」
「戦が終わった途端に税や借金の話をされても、民は不安でしょう。」
「まず腹いっぱい食べてもらいます。」
一郎が地図を覗き込む。
「それから市か。」
「そうです。」
八郎は佐賀城に近い四つの地域を指した。
「肥前全部を一度に変えるのは無理です。」
「まずは手前の三万五千石の束を四つ。」
「ここに市と寺社市を作り、農民と商家の借金を調べます。」
「一つの地域で証文が消え始めたら、隣の土地でも説明が早くなります。」
「本当に消えるんや、と見てもらえますから。」
五郎が苦笑する。
「また一からやな。」
「はい。でも、これが私たちの仕事です。」
「皆さん、手分けして動いてください。」
話がまとまりかけた時、廊下がにわかに騒がしくなった。
「八郎様。」
「島津本家、分家、大友の姫君方が到着されました。」
兄たちが一斉に顔を上げる。
「もう来たんか。」
ほどなく姫君たちが広間へ入ってきた。
「私たちにも、何かお手伝いできることはありませんか?」
「ほら。」
八郎が兄たちを見る。
「来ると思ってたでしょう?」
「なんで得意げやねん。」
六郎が顔をしかめる。
姫君の一人が楽しそうに笑った。
「借用証文が破られるところを、また見たいんです。」
「あれは気持ちがよいですから。」
「なかなか変わった楽しみですね。」
八郎は苦笑した。
「では兄様方について、市や寺社市を回ってください。」
「ただし、有馬と松浦に近い地域へは行かないこと。」
「まだ正式に降伏していません。」
「龍造寺の残党が潜んでいる可能性もあります。」
「必ず護衛を付けてください。」
一郎が八郎を見る。
「お前、また丸投げか。」
「案内するのも兄様方の仕事です。」
「一郎兄様、二郎兄様、四郎兄様は、奥方を大切にすれば株も上がりますよ。」
「株は普段から上げとるわ。」
「本当ですか?」
八郎が姫君たちを見ると、何人かが意味ありげに微笑んだ。
「言いたいことは、たくさんございますけど。」
「いやいや。」
一郎が慌てて手を振る。
「うちは仲睦まじくやってるよな?」
広間に笑いが起きた。
その時、もう一組の客が入ってきた。
龍造寺家兼と、数人の姫君たちだった。
姫君たちは八郎たちの前で深く頭を下げる。
「このたびは、寛大な御処置をいただき、ありがとうございます。」
「私どもにも、お役に立てることがございましたら、お申し付けください。」
「また……。」
一人が少し頬を染める。
「八郎様や兄君方と、よきご縁を結ばせていただけましたら幸いにございます。」
兄たちの背筋が一斉に伸びた。
家兼は楽しそうに笑う。
「昨夜、八郎殿と飲ませてもろうた。」
「五歳児ではあるが、こやつは器がでかい。」
「うちの姫を、最低一人は嫁がせたいと思うとる。」
「家兼様。」
八郎は困った顔をした。
「私は仕事が忙しいですし、女性に求めるものも多いですよ。」
「ほう。面食いか。」
「顔も大事です。」
「正直やな。」
島津の老将たちが吹き出す。
「ですが、それだけではありません。」
八郎は指を折って数え始めた。
「領地経営の話ができる。」
「新しい流行を見つけられる。」
「髪油や香、着物など、女性向けの商品を見る目がある。」
「農民が楽に働ける方法を考えられる。」
「新しい食べ物を探せる。」
「市や寺社市の仕事にも理解がある。」
「それと、私のわがままをある程度聞いてくれる人です。」
龍造寺の姫君が目を丸くした。
「ずいぶん盛り込みますね。」
「わんぱくな条件でございます。」
「そこまでして、私たちと婚姻したくないんですか?」
「そういうわけではありません。」
八郎は慌てて手を振った。
「ただ、外交のために五歳児へ嫁げと言われても、惚れた腫れたもないでしょう。」
「ですから、まず兄様方も見ていただいて――」
「逃げましたね。」
「すぐ逃げるなあ。」
兄たちと姫君たちから一斉に突っ込まれた。
その時、島津本家の長女が八郎を抱き上げた。
「では、私ではいかがです?」
「側室でも構いませんよ。」
「ええ?」
八郎が腕の中でもがく。
「なんで最初から側室なんですか。」
「正室は、もっとやんごとなき姫君が来られるかもしれないでしょう?」
「私は庄屋の八男ですよ。」
「その庄屋の八男が、九州の大半を押さえようとしておりますけど。」
「だから困るんです。」
八郎は真顔で答えた。
「肩書に嫁いでくる人より、一緒に面白いことをする人がいいんですよ。」
「私に座布団を十枚積んで、その横へ静かに座りたいという女性は、少し違います。」
「一緒に市へ行って、これは売れる、これは売れへんと話せる人がいいです。」
姫君たちは一瞬黙り、やがて笑い出した。
「もっともらしいことを言って。」
「また婚姻から逃げていますね。」
「逃げてません。」
「理想が高いだけです。」
家兼も腹を抱えて笑った。
「五歳児のくせに、嫁選びだけは天下人並みやな。」
「だから顔を合わせてから考えましょうと言ってるんです。」
「はいはい。」
島津の姫君は八郎を抱いたまま頭を撫でた。
「まずは肥前の市づくりからですね。」
「そうです。」
八郎はようやく頷く。
「飯を配って、帳面を集めて、証文を消す。」
「婚姻より先に、そちらを進めましょう。」
「また仕事へ逃げた。」
広間に、兄弟と姫君たちの笑い声が響いた。
戦の後の肥前では、借金を消す仕事と同時に、新しい縁を結ぶ騒がしい日々も始まろうとしていた。




