1535年2月2週目終わり。 八郎の兄弟たちの次の仕事。肥前の市の立ち上げと芋の栽培。龍造寺の姫君の取り扱い。
二月二週目の終わり。
龍造寺家の本城が落ち、肥前の各地では降伏する国人衆が相次いでいた。
しかし、有馬と松浦はまだ正式には降っていない。
戦そのものが終わったわけではなかった。
八郎は佐賀城の一室へ、一郎から七郎までの兄たちを集めた。
「皆さん、お疲れさまでした。」
「まず先に言っておきますけど、まだ戦は続きます。」
三郎が眉を上げる。
「龍造寺は落ちたやろ。」
「有馬と松浦が残っています。」
八郎は肥前の地図を広げた。
「私はしばらく佐賀城に残ります。」
「有馬、松浦への降伏勧告と、龍造寺軍の再編を見ます。」
「ですので、兄様方には肥前の立て直しをお願いします。」
七郎が嫌そうな顔をした。
「もう仕事の話か。」
「城を落としたばっかりやぞ。」
「城を落としたから仕事なんです。」
八郎は平然と答え、地図を八つに区切った。
「龍造寺の領地と周辺国人衆を合わせれば、ざっくり三十万石です。」
「八郎領では三万五千石を一つの束として見ていますので、八束ほど手に入った計算です。」
「この八束に、市と寺社市を立ち上げます。」
一郎が腕を組む。
「また最初からか。」
「はい。」
「借金帳を集めて、農民から仕入れて、商売を回しながら証文を消します。」
「これをやらないと、戦で取った意味がありません。」
八郎は一郎と二郎を見る。
「一郎兄様、二郎兄様には芋をお願いします。」
「芋?」
二郎が少し嬉しそうに反応した。
「まだ二月です。」
「四月頃から植えられるよう、肥前でも畑を作っておきたいんです。」
「薩摩から種芋を持ってきてください。」
「芋と芋焼酎も大量に持ってきて、農民さん方に味を知ってもらいます。」
一郎が苦笑する。
「まず食わせてから作らせるんか。」
「知らん物を作れと言われても困るでしょう。」
「芋は食える。」
「酒にもなる。」
「飢えにも強い。」
「先に分かってもらった方が早いです。」
二郎は大きく頷いた。
「芋焼酎を飲ませる役なら任せろ。」
「飲むのが仕事ではありませんよ。」
広間に笑いが起きた。
「三郎兄様は料理です。」
「新しい市の飯屋を見てください。」
「肥前の魚や野菜を使って、ここで売れる料理を作ってもらいます。」
「結局わしは飯か。」
「一番大事です。」
「四郎兄様、五郎兄様、六郎兄様、七郎兄様は、市と寺社市を順番に回ってください。」
「場所。」
「商人。」
「寺社との話。」
「井戸と道。」
「借金帳。」
「全部確認してください。」
五郎が地図を見ながらため息をつく。
「八束全部か。」
「手分けすれば何とかなります。」
八郎は少し間を置き、笑顔になった。
「あと。」
「そのうち、姫君様方も来られると思います。」
兄たちの空気が一斉に変わった。
「なんでそうなるんや。」
「いやいや。」
八郎は首を傾げる。
「皆さん、いつも手伝いたそうじゃないですか。」
「日向の時も来てくださいましたし。」
「市の立ち上げにも興味を持っておられます。」
「たぶん肥前にも来ますよ。」
六郎が呆れたように言う。
「まだ戦中やぞ。」
「危ないやろ。」
「龍造寺が落ちた時点で、後はほぼ詰め将棋です。」
「有馬と松浦が一万ずつ出してくるわけでもありません。」
「それに安全な場所で動いてもらえば大丈夫です。」
七郎が顔をしかめる。
「たまには男兄弟だけで働くいうのも大事ちゃうか。」
「わしら、後ろから野戦を見とったけど。」
「あれはすごかったぞ。」
六郎も頷く。
「あの中へ放り込まれんで良かったわ。」
「八郎様様やと思った。」
「いや、ほんま無理や。」
三郎が笑う。
「わしらは戦より、市と飯の方が向いとる。」
「だからここからが兄様方の本番です。」
八郎は力強く頷いた。
「戦が終わった土地を普通に戻す。」
「その仕事の方が長いです。」
四郎が苦笑する。
「で、そこに姫様方も加わる、と。」
「協力ですよ。」
「面倒を見るわけではありません。」
「一緒に市を作れば、自然と縁も深まります。」
「また縁の話か。」
一郎が頭を抱える。
八郎はさらに続けた。
「龍造寺の姫君方も、おそらく参加されます。」
「少なくとも一人は、うちの兄弟か私との縁を求められると思います。」
「最悪、私の側室という話も出ています。」
一同が八郎を見る。
「五歳やぞ。」
「分かってます。」
「だから困ってるんです。」
八郎は小さくため息をついた。
「家兼様とは一度飲みました。」
「敗軍の将の姫君ですから、立場が難しいんです。」
「何もせず帰すと、龍造寺方が冷遇されたと思うかもしれません。」
「かといって、顔も見ずに婚姻を決めるのも失礼でしょう。」
そこで八郎は、にこりと笑った。
「兄様方に気に入った方がいれば、すぐに結婚していただいて構いません。」
「またわしらに振るんか。」
「一郎兄様、二郎兄様、四郎兄様には、すでに姫君様がおられますけど。」
「それでも龍造寺の姫君が、『この方なら』と思われるかもしれません。」
「そうなったら、男の度量を試す会です。」
三郎が吹き出した。
「お前、絶対楽しんどるやろ。」
「兄様方で遊ぼうとしてるな。」
「違いますよ。」
「肥前統治のためです。」
「その話、嫁に聞かれたらどうするんや。」
四郎が真顔で尋ねる。
ちょうどその時、廊下の向こうから女性の声が聞こえた。
「何か楽しいお話でもありましたか?」
兄たちの顔が一斉に引きつる。
八郎だけが笑顔で答えた。
「はい。」
「肥前の市と、今後の縁について話してました。」
「八郎!」
「全部言うな!」
佐賀城の一室に、兄弟たちの慌てた声と笑い声が響いた。
戦はまだ完全には終わっていない。
それでも、八郎たちの仕事はすでに、次の土地をどう豊かにするかへ動き始めていた。




