1535年2月2週目。杯を交わしての話は弾む。八郎の過去話から八郎の人となりを知ろうとする龍造寺家兼
龍造寺家兼は杯をゆっくりと傾けながら、八郎の話を聞いていた。
「……つまり、おぬしはここまで全部、守って勝ってきたということか。」
八郎は頷いた。
「そうですね。」
「ある程度規模が大きくなってから、相良と阿蘇が連合で攻めてきたこともありました。」
「でも、その時も基本は守りでした。」
家兼が眉を上げる。
「攻めなんぞ考えんかったのか。」
「攻めるより、攻めさせた方が安いですから。」
その一言に、島津の老将たちが吹き出す。
「はっはっは!」
「相変わらず八郎らしいわ!」
八郎は照れ笑いを浮かべながら続けた。
「結局、最初と同じなんです。」
「敵が来る方向を限定して、仮柵を築く。」
「土嚢を積み、三方向から弓を浴びせる。」
「兵糧を焼く。」
「退路を塞ぐ。」
「慌てて逃げるところを包囲して、生け捕りにする。」
「その繰り返しでした。」
家兼は感心したように頷く。
「戦のやり方が一つもぶれておらんな。」
「結局、それが一番死なん方法ですから。」
八郎は静かに杯を置いた。
「島津分家と縁を結んで、兄が姫君を娶り、同盟が固まりました。」
「それから阿蘇、相良を攻めた頃には、数でも圧倒できるようになっていました。」
「だから攻め方は、今回の龍造寺攻めと同じです。」
「包囲し、焦らず落とす。」
「それで肥後、大隅、日向をまとめました。」
家兼が笑う。
「そんなところです、と軽く言う話ではないわ。」
すると島津本家の老将が口を挟む。
「いや、日向だけは違うぞ。」
「あれは本家だけで攻めた時は、なかなかの接戦じゃった。」
八郎は苦笑した。
「そうなんですよ。」
「だから今回の龍造寺戦は、ああなることを最初から予想していました。」
「野戦になる。」
「真正面からぶつかる。」
「だから私は島津本家の皆さんに、何か月も前から八郎軍をしばいてもらっていたんです。」
老将が豪快に笑う。
「毎日泣きそうな顔しとったな。」
「泣いてましたよ。」
「でも、おかげで成果は出ました。」
八郎は真面目な表情になる。
「万単位がぶつかる戦でした。」
「当方、死傷者が千人ほど出てしまったことは、本当に申し訳ないと思っています。」
「ですが、それ以上に被害が広がらなかったのは、島津の皆さんのおかげです。」
座が少し静かになる。
家兼は杯を持ち直した。
「これからはどうする。」
「大友。」
「大内。」
「その辺とか。」
八郎は少し考えてから答えた。
「大友はまだ分かりません。」
「停戦がありますから。」
「その間に四国の飛び地を取るか。」
「あるいは琉球との交易を押さえるか。」
「その辺が近々の課題ですね。」
「それと――」
八郎は家兼を見て笑った。
「家兼様には、もう少し長生きしていただきたいんですよ。」
「なんじゃ急に。」
「せめて博多の港を押さえるところまでは見届けてください。」
「港を取るのか、盟を結ぶのかは分かりませんけど。」
「その辺まで見届けたら、お坊さんになられてはいかがです。」
「今回亡くなった方々の供養もありますし。」
家兼は声を上げて笑った。
「坊主か!」
「それも悪くないかもしれんな。」
しばらく笑ったあと、家兼が悪戯っぽく言った。
「その代わり、一つ頼みがある。」
「なんでしょう。」
「うちの姫を一人、もろうてくれ。」
八郎は思わず頭を抱えた。
「ああ、それですか……。」
島津の老将たちがニヤニヤしている。
「実はですね。」
「島津分家にも。」
「島津本家にも。」
「それから大友にも。」
「同じこと言われてるんですよ。」
家兼が吹き出した。
「はっはっは!」
「人気者やのう!」
八郎は困った顔をする。
「人気というより……。」
「兄様たちは今、三人陥落しました。」
「二人が島津分家。」
「一人が島津本家。」
「しかも一番新しい縁談の兄様なんて。」
「一晩過ごした翌朝、鎧武者に囲まれて婚姻を迫られたんですよ。」
その瞬間。
座敷中が大爆笑になった。
「がはははは!」
「それは逃げられん!」
「鎧武者は反則や!」
家兼は涙を拭きながら笑う。
「弟はそら怖いわ!」
「そうなんですよ!」
八郎も笑いながら答える。
「我々弟は完全にビビってます。」
「そんなに怖がることでもなかろう。」
「敗軍の将の姫じゃ。」
「側室でもええではないか。」
八郎は首を横に振る。
「私は無理やり縁を作りたくないんです。」
「島津の姫君たちも最初は遊学という形で来てもらいました。」
「市場を見たり。」
「市の立ち上げを手伝ったり。」
「兄弟と一緒に暮らしたり。」
「そうやって自然に仲良くなっていったんです。」
「できれば同じ形がいいと思っています。」
家兼は満足そうに頷く。
「なるほど。」
「それなら安心や。」
「せめて顔だけでも見てやってくれ。」
「もちろんです。」
「顔も知らずに返事する方が失礼ですから。」
「町の帳面も見なければいけませんし。」
「まだ有馬と松浦のことも残っています。」
家兼は杯を置いた。
「まあ、龍造寺が降れば、あとは流れやろ。」
「そう思います。」
八郎は静かに答える。
「降伏が済めば、一気に農民の借金を減らします。」
「それが八郎商会の仕事です。」
「それから市を立てる。」
「肥前は甘草や海産物、それに港があります。」
「国によって物の値段が違いますから。」
「肥前・肥後・薩摩だけで回すだけでも利益は出るんです。」
家兼は呆れたように笑った。
「そんな話は、でかい領地を持っとる奴にしか分からんわ。」
その言葉に島津の老将たちも大笑いし、八郎も照れくさそうに頭をかいた。
戦は終わった。
だが、この座敷ではもう、勝者と敗者ではなく、「これから肥前をどう豊かにするか」を語る者同士の
笑い声が、夜更けまで絶えることはなかった。




