1535年2月2週目。龍造寺家兼と八郎の初めての本当の対話。晩に勝者と敗者が酒を酌み交わす。
宴の席には、島津の老将たちと龍造寺家兼、そして八郎が並んでいた。
家兼は杯を手にしながら、八郎をじっと見つめる。
「……正直に申そう。」
「わしは、おぬしのことを何も知らなんだ。」
「『五歳の子供が九州を動かしている』などという噂は耳に入っておったが、
どうせ父親か家臣が裏で操り、人形として前へ出しておるのだと思っておった。」
「天才童子がおる、と話題にすれば領民も商人も集まりやすい。そういう芝居なのだとな。」
周囲の武将たちが静かにうなずく。
八郎は苦笑した。
「そう思われても仕方ありません。」
「実際、私も立場が逆ならそう思います。」
「ですが、本当に最初から私が考えておりました。」
家兼が眉を上げる。
「……最初とは?」
八郎は杯を置き、静かに話し始めた。
「私が二歳半から三歳になった頃です。」
「文字が読めて、計算もできたので、父の帳面を見るようになりました。」
「父は庄屋の主でしたが、借金で首が回らず、帳面には”あと五千文足りない”と書かれていました。」
「私は庄屋の八男です。」
「借金が返せなければ、一家離散になる。」
「それだけは子供ながらに分かりました。」
家兼は静かに耳を傾ける。
「最初に考えたのが、混ぜ飯でした。」
「白米だけでは高い。」
「だから漬物や野菜を混ぜて握り飯にして、兄たちと母に店先へ立ってもらいました。」
「少し慣れると、川魚や売れ残った魚を団子にして味噌汁へ入れる。」
「売れ残りそうなら二割引き。」
「子供の私が町で大声を出して売っていました。」
八郎軍の古参が笑う。
「あれはよう売っとったな。」
「町中が『またあの子がおる』いうて見に来とった。」
八郎も笑った。
「それが面白かったらしいですね。」
「次は天ぷら。」
「次は炒め飯。」
「次は干物。」
「『値が付いていない物に値段を付ける』ことばかり考えていました。」
家兼は腕を組む。
「それで領主になったわけではあるまい。」
「ええ。」
「そこから領主様に呼ばれました。」
「千五百石ほどの領地を見てみろ、と。」
「帳面を見たら、十六万文もの借金がありました。」
「商売では返せる額ではありません。」
「どうしようか考えていた時に気付いたんです。」
「仕入れの帳面と借金証文を一緒に処理すれば、借金は消せる、と。」
家兼の目が見開く。
「……あの借金消しの始まりか。」
「はい。」
「商人を集めて回し始めました。」
「利息も下げさせました。」
「すると借金はどんどん消えていった。」
「領民は喜びました。」
「商人も儲かりました。」
「そこまでは良かったんです。」
八郎は苦笑する。
「ですが、それを面白く思わない人もいました。」
「元の領主様です。」
「私が謀反を企てている、と国人衆へ手紙をばらまいた。」
「その結果、私は下剋上をするしかなくなりました。」
家兼が静かにうなずく。
「そこから一気に戦か。」
「ええ。」
「下剋上の直後です。」
「千人ほどの兵が攻めてきました。」
「館の門はまだ壊れたままでしたから、防ぐ門がありません。」
「そこで館の中庭そのものを砦にしました。」
島津の老将が笑う。
「あの話は何度聞いても見事や。」
八郎が続ける。
「土嚢を積みました。」
「仮柵を立てました。」
「敵を中庭まで引き込んで、三方向から矢を浴びせ、槍で突きました。」
「敵が密集したところで、二階から油を浴びせて火を放ちました。」
「炎に慌てた敵は逃げようとしました。」
「ですが、その退路には、借金を返し終えて味方になってくれていた領民たちが立っていました。」
「だから少ない兵でも包囲できた。」
「多くを討つのではなく、生け捕りにしました。」
家兼は思わず笑ってしまう。
「館の中庭を戦場に変えたというのか。」
「ようそんなことを考える。」
八郎は肩をすくめた。
「門が無いなら、中を砦にするしかなかったんです。」
「その後、もう一度千人ほど攻めてきました。」
「それも退けました。」
「捕えた兵には武具を取り上げ、飯を食わせて帰しました。」
「すると帰った先で、『借金を返してくれるなら八郎につく』という村が増えました。」
「その積み重ねが今です。」
静まり返る座敷。
家兼は長く息を吐き、杯を干した。
「……負けるべくして負けたのか。」
「いや。」
「兵では負けておらんと思っておった。」
「だが、おぬしは戦う前に、人の心を取っておった。」
島津の老将が豪快に笑う。
「だから最初から言うたじゃろ。」
「八郎軍が強いんやない。」
「八郎商会が強いんじゃ。」
八郎は照れくさそうに頭をかいた。
「戦で勝ったというより、飯と帳面でここまで来た、というのが正しいですね。」
家兼はしばらく八郎を見つめた後、小さく笑った。
「……五歳の子供だと思っておった。」
「だが、おぬしは商人であり、領主であり、策士でもあった。」
「なるほど、島津がここまで肩入れする理由が、ようやく分かったわ。」




