1535年2月2週目。龍造寺の本城。佐賀城陥落。総攻撃で落とせるものの逃げる者を切らず飯で城内の侍の心を折る。ついに落城。
二月二週目。
龍造寺本城を包囲して十日余り。
砦はほぼすべて落ち、城内に残る兵は疲労の色を隠せなくなっていた。
一方、八郎本陣では島津勢の将たちが地図を囲んでいた。
「そろそろ一度、大きく揺さぶりますか。」
島津本家の老将が口を開く。
「門を一つでも破れば、相手の心は折れる。」
「総攻撃まではせん。」
「じゃが、一日だけ本気で攻める。」
皆の視線が八郎へ向く。
五歳になったばかりの総大将は、静かに首を横へ振った。
「皆さん。」
「無駄死には絶対に駄目です。」
「ここまで来たら勝ちは見えてます。」
「一か月囲めば普通に落ちる城です。」
「こんなところで命を捨てる意味はありません。」
島津の侍たちは苦笑する。
「相変わらずじゃな。」
「戦より帳面を見とる大将や。」
八郎も笑った。
「帳面を見るから、皆さんが生きて帰れるんですよ。」
場がどっと笑いに包まれる。
「ただ。」
「何もしないわけにはいきません。」
「今日は門を一つ壊す。」
「それだけで十分です。」
「深追いは禁止。」
「敵が逃げるなら追わない。」
「目的は勝つこと。」
「殺すことじゃありません。」
島津勢は力強く頷いた。
「承知!」
「では景気よく行きますか!」
翌朝。
法螺貝が鳴る。
島津勢五千が前へ出る。
巨大な丸太が担がれ、盾が並ぶ。
「押せぇぇぇ!」
ドォン!
城門が激しく揺れる。
龍造寺兵も必死に石を落とし、矢を浴びせる。
「防げ!」
「絶対に門を開けるな!」
しかし島津勢は止まらない。
二度。
三度。
四度。
激しい衝撃の末――
バキッ!
片方の門柱が砕けた。
「割れたぞ!」
城内に悲鳴が走る。
その瞬間だった。
「引け。」
八郎の声が響く。
「……え?」
「もう引くんですか?」
「はい。」
「目的は達成しました。」
島津勢は一斉に後退する。
龍造寺兵は拍子抜けした。
「追うか?」
「いや……。」
「罠かもしれん。」
結局、誰も追撃できなかった。
夕暮れ。
八郎軍は再び城門前へ現れる。
兵が荷車を押していた。
大鍋。
味噌汁。
握り飯。
漬物。
そして酒樽。
「置いていきます。」
城壁の上から怒号が飛ぶ。
「何のつもりだ!」
八郎は穏やかに答えた。
「飯です。」
「食べてください。」
「明日も攻めます。」
「でも、今夜逃げる人は追いません。」
「武器だけ置いて帰ってください。」
「家族の所へ帰るなら、それで結構です。」
島津の侍たちは腹を抱えて笑っていた。
「八郎様……。」
「本当に侍の心を折るのお上手ですな。」
「戦より怖いわ。」
夜。
龍造寺城内。
兵たちは疲れ切っていた。
「また飯や……。」
「何考えとるんや。」
一人が呟く。
「……腹減った。」
誰も責めなかった。
食べたい。
帰りたい。
生きたい。
その三つしか頭になかった。
夜更け。
一人。
また一人。
武器を置いて城門脇から抜け出していく。
「止めるか?」
「……。」
誰も止めなかった。
夜明けまでに五百、六百と兵が姿を消した。
残った兵は千百人ほど。
龍造寺当主は静かに城壁へ立った。
「……終わったな。」
重臣も黙って頷く。
「最後まで戦いますか。」
「降りますか。」
しばらく沈黙が続く。
やがて龍造寺当主は目を閉じた。
「最後の意地だけは見せる。」
「門が破れたら、それで終わりだ。」
翌朝。
法螺貝が再び鳴る。
「総攻撃!」
二万を超える八郎・島津連合軍がゆっくりと前進する。
城内から飛び出して迎え撃つ兵は、もはやわずか。
門は昨日の損傷に耐えられず、
激しい衝撃とともに崩れ落ちた。
ドォォォン!
「門、開いた!」
島津勢が一気に流れ込む。
だが八郎は叫んだ。
「降る者は斬るな!」
「武器を捨てた者は保護!」
「町を荒らすな!」
「略奪禁止!」
龍造寺兵は次々に槍を捨て、膝をついた。
最後まで抵抗した一部の侍だけが討ち取られ、大半は降伏した。
昼過ぎ。
佐賀城の天守に掲げられていた龍造寺の旗が静かに降ろされる。
代わって掲げられたのは、八郎商会の旗と島津家の旗。
風に二つの旗が並んではためいた。
佐賀城、陥落。
こうして九州北部最大の勢力・龍造寺家は終焉を迎えた。
しかし八郎は勝利の宴を開かなかった。
「まずは負傷者。」
「敵味方関係なく治療してください。」
「亡くなった方々は丁重に葬ります。」
「それから借金帳を集めましょう。」
島津の老将は苦笑しながら呟く。
「城を落とした直後に借金帳とは……。」
「やっぱりこの子は、武将というより商人じゃな。」
その言葉に周囲は笑い、長かった佐賀城攻防戦は静かに幕を閉じた。




