1535年2月1週目。龍造寺本城包囲。周囲の砦や市を制圧しながらじっくりやる。
二月一週目。
野戦に勝利した八郎・島津連合軍は、その勢いのまま龍造寺領内の砦と市場を一つずつ制圧していた。
八郎は無理な力攻めを禁じていた。
「急がなくていいです。」
「一つずつ落としていきましょう。」
「時間は味方です。」
その命令どおり、砦は数日の包囲で次々と降伏していく。
降伏した国人衆には厳しい処罰は与えなかった。
「降参です。傘下に入ります。」
「龍造寺様には恩もございます。」
「ですが、もう勝負は見えました。」
「どうか領民だけは助けてください。」
そう頭を下げる者が日に日に増えていった。
八郎は静かに頷く。
「ありがとうございます。」
「村人を守ってくださるなら、それで十分です。」
「借金も順番に整理します。」
「市も立てます。」
「一緒に豊かな土地を作りましょう。」
その様子は、あえて龍造寺本城から見える位置で行われた。
降伏した国人衆が八郎本陣へ出入りし、旗を替え、頭を下げる。
城壁の上から見ている龍造寺兵たちは顔色を失っていく。
「また一つ落ちたぞ。」
「今度はあそこの国人衆か……。」
「もう止まらん。」
昼は降伏する者が現れ、
夜になると別の苦しみが始まる。
ヒューッ――
ドンッ!
夜空に火矢が舞い上がり、小さな爆ぜる音が城下へ響く。
火薬を巻いた矢である。
城を焼くほどではない。
だが十分に眠りを奪う。
兵たちは何度も飛び起きた。
「またか!」
「今日は何本目だ!」
「眠れん!」
夜番も昼番も区別がなくなる。
五日目。
ついに若い侍百名ほどが堪えきれなくなった。
「このままでは腐るだけだ!」
「討って出るぞ!」
城門が開き、騎馬と徒歩の兵が一気に飛び出した。
「敵を崩せ!」
「一矢報いるぞ!」
だが。
八郎軍は慌てない。
「盾、前。」
「囲め。」
「殺しすぎるな。」
島津兵が左右へ回り込み、退路だけを残す。
百人ほどの突撃隊は十分も経たぬうちに包囲された。
「槍を捨てろ!」
「降れば命は取らん!」
抵抗した数人だけが斬られ、残りは次々と武器を捨てた。
その後だった。
「……え?」
捕らえられた龍造寺兵の前に、大鍋が据えられる。
湯気を立てる味噌汁。
炊き立ての飯。
握り飯。
「食べてください。」
「帰っても構いません。」
「武器だけ置いていってください。」
兵たちは呆然とした。
「……帰っていいのか?」
「はい。」
「また戦いたければ、その時に。」
涙を流しながら握り飯を頬張る若い兵もいた。
「なんで……。」
「なんで飯を食わせる……。」
「腹減ってるでしょう?」
八郎がそう笑った。
その言葉は兵たちの胸を深くえぐった。
城へ戻った兵は皆うつむいていた。
「どうだった。」
そう聞かれても誰も答えない。
一人が握り飯を見せた。
「……食わされた。」
「帰れと言われた。」
本城の空気はさらに重くなる。
「これでは士気が上がるはずがない……。」
龍造寺家中の重臣が頭を抱えた。
「戦で負け。」
「包囲で眠れず。」
「降った者は増え。」
「帰ってきた兵は飯を持ってくる。」
「こんな戦、聞いたことがない。」
一方。
八郎は新たな文を書いていた。
宛先は有馬家、松浦家。
『有馬殿、松浦殿へ。』
『龍造寺との勝負は間もなく決します。』
『当家は貴家を滅ぼすために兵を向けるつもりはありません。』
『しかし、領民に多くの借財があり、領政が立ち行かぬのであれば、
そのまま旧来どおりとは参りません。』
『当主職は退いていただくこともあり得ます。』
『その代わり、命は奪いません。』
『八郎領にて自由に暮らし、領地を知る者として力を貸していただきたい。』
『現在の戦では約一千名の死傷者を出しましたが、なお二万一千の兵は健在です。』
『戦を続けるか。』
『民を守る道を選ぶか。』
『賢明なる御判断を期待いたします。』
その文が届いた有馬家では、重臣たちが沈黙していた。
「……龍造寺も落ちそうか。」
「そう見て間違いありますまい。」
松浦家でも同じだった。
「二万一千……。」
「まだ健在か。」
「こちらが兵を出しても勝ち目は薄い。」
「だが降れば家名は……。」
「戦えば家そのものが無くなる。」
誰も即答できない。
部屋には重苦しい沈黙だけが流れた。
龍造寺の命運は風前の灯火。
そして、有馬と松浦にもまた、決断の時が静かに迫っていた。




