1535年1月4週目。激戦の後の作戦会議。負傷者や死者の面倒を見る。各所包囲しながらじっくりいく。有馬、松浦には頃合いを見て降伏勧告。
夕暮れ。
龍造寺軍が本城と周囲の砦へ退いたことで、大きな野戦はひとまず終わった。
八郎軍の本陣では、将たちが再び集まり、戦後最初の軍議が開かれていた。
八郎は地図の上に並ぶ砦を指差す。
「皆さん、お疲れさまでした。」
「一番難しいところは終わりました。」
「野戦を制した以上、ここからは私たちの時間です。」
島津本家の老将が静かに頷く。
「その通りじゃ。」
「焦る必要はない。」
「敵は城に籠もるしかなくなった。」
八郎も頷き返す。
「はい。」
「ですので、一週間ほどを目処にしましょう。」
「砦へは矢を大量に射掛け続けます。」
「無理に攻め上る必要はありません。」
「城壁へ近付いて無駄に命を落とす方が損です。」
「昼も夜も交代で圧力をかけ続ける。」
「七割が包囲。」
「三割が休養と警戒。」
「それを交代で回してください。」
「敵を眠らせず、こちらは休む。」
「焦らせるのが仕事です。」
将たちは一斉に頷く。
「承知。」
「あと。」
八郎は笑った。
「飯を炊くことだけは忘れないでください。」
周囲が苦笑する。
「また飯か。」
「はい。」
「兵隊も食べます。」
「来た人も食べます。」
「降伏した人も食べます。」
「腹が減っている人には飯です。」
「それが八郎軍です。」
島津分家の武将が笑う。
「最後まで変わりませんな。」
「変えません。」
「これでここまで来ましたから。」
そこへ帳面役が帳面を持って入ってきた。
「戦の被害がまとまりました。」
「申し上げます。」
本陣が静まり返る。
「戦死、およそ三百。」
「重傷、およそ七百。」
「合わせて千名ほどが、当面戦えませぬ。」
空気が少し重くなる。
八郎は帳面を閉じた。
「……分かりました。」
「亡くなられた方々は、一人残らず丁寧に弔ってください。」
「墓もきちんと整えましょう。」
「重傷者は領地へ戻してください。」
「治療を最優先。」
「働けるようになるまで、面倒を見ます。」
そして静かに続けた。
「遺族には毎月の生活費を支給します。」
「年金という形ですね。」
「八郎商会が責任を持ちます。」
若い武将が思わず尋ねた。
「そこまでされるのですか。」
八郎は迷わず答えた。
「はい。」
「私が五歳でこんなことを言えるのは。」
「皆さんの借金も、生活も、一緒に背負わせてもらっているからです。」
「その信頼が、八郎軍の強さです。」
「そこだけは絶対に崩しません。」
本陣にいた全員が静かに頭を下げた。
島津本家の老将は目を細める。
「だから兵が逃げんのじゃ。」
「ありがたい限りです。」
八郎は少し照れ笑いを浮かべた。
「さて。」
「大きな戦いは終わりました。」
「ですが油断は禁物です。」
「無駄死には絶対にしないでください。」
「砦は包囲して、矢を射掛け続けます。」
「食料を減らし、眠らせず、心を削る。」
「本城も同じです。」
「こちらから急いで登る必要はありません。」
「時間はこちらにあります。」
島津の将が笑う。
「詰将棋ですな。」
「そうです。」
「砦を一つ落とせば、本城はさらに苦しくなる。」
「本城が苦しくなれば、周囲も諦める。」
「順番に詰ませていけばいいだけです。」
別の武将が地図を指した。
「有馬と松浦は。」
「索敵だけは続けてください。」
「多くても五千ずつでしょう。」
「仮に両方来ても一万。」
「こちらは二万一千近く戦えます。」
「各個撃破できます。」
「ですから慌てる必要はありません。」
さらに八郎は続けた。
「龍造寺が本当に限界になった頃。」
「有馬と松浦へ文を送りましょう。」
「戦うのか。」
「降るのか。」
「選んでもらいます。」
老将が腕を組む。
「おそらく降るでしょうな。」
「私もそう思います。」
「龍造寺が落ちれば、状況は見えますから。」
八郎は立ち上がり、城を見つめた。
「急いで勝つ必要はありません。」
「じっくり。」
「じっくりです。」
「兵を減らさず。」
「民もできるだけ傷付けず。」
「砦を落とし。」
「最後に本城を包みます。」
冬の夕暮れ。
龍造寺の城からは、まだ煙が立ち上っていた。
しかし野戦の勝敗はすでに決し、戦の流れは完全に八郎軍へ傾いていた。
ここから先は、槍の速さではなく、補給と時間、そして人心を制した者が勝つ戦になる。
八郎は静かに頷いた。
「ここからが、本当の商売です。」




