1535年1月4週目。龍造寺との決戦。激戦が繰り広げられたが八郎軍が耐え、島津軍が押し戻し、龍造寺農民兵が離散。大勢が決する。
一月四週目。
夜明けとともに、龍造寺軍の陣から法螺貝が鳴り響いた。
低く腹へ響く音が、冬の平野を震わせる。
龍造寺の本陣では、出陣前の最後の軍議が開かれていた。
「こちらは一万三千。」
「敵は二万二千。」
「長く向かい合えば、兵数の差がそのまま出る。」
龍造寺の大将は、家臣たちを見回した。
「まず主力を中央へ集め、一気に突撃する。」
「中央を抜ければ勝機が生まれる。」
「抜けなんでも構わん。」
「一度強くぶつかり、戦えるというところを農民兵に見せるんや。」
左右の翼に並ぶ農民兵は、すでに八郎軍の大軍を見て青ざめている。
このまま待てば、戦う前に逃げかねなかった。
「一撃で崩せればよし。」
「無理なら二度、三度と波状で押す。」
「それでも駄目なら、城へ戻って籠城や。」
家臣の一人が顔を上げる。
「そこまででございますか。」
「そこまでや。」
大将は言い切った。
「士気で勝つしかない。」
「だが八郎は、こちらの挑発に乗らんかった。」
「平野に陣を敷き、飯を炊き、索敵をしながら進んできた。」
「しかも島津に鍛えられとる。」
「突撃を受ける訓練もしているはずや。」
「それでも、やるしかない。」
城へ引けば、あとは包囲される。
この朝の一撃が、龍造寺に残された最後の勝ち筋だった。
「行け!」
再び法螺貝が鳴る。
龍造寺の中央部隊が、一斉に前へ走り出した。
騎馬武者を先頭に、槍を持った精鋭が続く。
土煙が舞い上がり、平野を揺らすような鬨の声が迫ってきた。
八郎軍の本陣では、八郎が小さな馬の上から戦場を見つめていた。
「やっぱり中央です。」
「火矢の準備。」
弓隊が火を移す。
「まだです。」
「もっと引き付けて。」
敵の騎馬が矢の届く距離へ入った。
「今です。」
「五百本、放ってください!」
弦の音が重なり、火をまとった矢が一斉に空へ上がった。
朝の薄暗い空を、赤い火が弧を描いて飛んでいく。
龍造寺の騎馬隊へ降り注ぐと、何頭かの馬が驚いて跳ね、隊列がわずかに乱れた。
「少し落ちました。」
八郎が呟く。
だが突撃は止まらない。
「想定通りです。」
「盾隊、構えてください!」
八郎軍の前列に、大盾と長槍が並ぶ。
島津から派遣された監督役が、兵たちへ怒鳴った。
「真正面から全部受け止めようとするな!」
「槍先を斜めに向けろ!」
「馬の勢いを横へ流せ!」
「一撃で勝とうとするな!」
激しい音とともに、龍造寺の騎馬隊が八郎軍へぶつかった。
盾が割れ、槍が折れる。
突き破られた場所もあった。
だが兵たちは逃げなかった。
「穴を埋めろ!」
「一人で戦うな!」
「三人で馬を囲め!」
訓練通り、左右から槍を入れる。
馬を止め、騎馬武者を引きずり落とし、倒れた者を戦闘不能にしていく。
八郎軍の兵たちは、必死に歯を食いしばった。
「今の生活を守るんや!」
「借金のない暮らしを手放すな!」
龍造寺の突撃は激しかった。
一部では陣を破られ、乱戦となった。
それでも全体は崩れない。
時間が経つにつれ、騎馬の勢いが落ち、突撃した兵たちの息が上がっていく。
龍造寺の本陣でも、その様子は見えていた。
「崩れん……。」
「押してはおるが、割れんぞ。」
そして八郎軍の陣から、交代を知らせる鉦が鳴った。
「八郎軍、左右へ開け!」
「島津勢、前へ!」
疲れの見え始めた龍造寺軍の前へ、島津本家・分家の精鋭が一気に進み出た。
「押せ!」
島津勢の鋭い突撃に、龍造寺の中央部隊が押し返される。
八郎軍が勢いを殺し、島津が削る。
何度も繰り返した訓練そのままの動きだった。
さらに島津勢の一部が、農民兵の多い左右の翼へ圧力をかける。
ただし、外側は閉じない。
「百姓兵は武器を捨てろ!」
「逃げる者は追わん!」
「村へ帰れ!」
「城へ入る必要はないぞ!」
最初は踏みとどまっていた農民兵も、一人が槍を捨てると、二人、三人と続いた。
外側へ残された逃げ道へ、兵が流れ出す。
「待て!」
「戻れ!」
龍造寺の侍が叫ぶが、止まらない。
八郎軍の後方では、大釜から湯気が上がっていた。
逃げてきた農民兵へ、兵站役が握り飯を差し出す。
「武器を置いたな?」
「なら持って帰れ。」
「追わへんから、村へ戻れ。」
農民たちは呆然と握り飯を受け取った。
「ほんまに……帰ってええんか。」
「ええ。」
「二度と槍を持って戻ってこんかったらな。」
その話が広がると、離散はさらに加速した。
龍造寺軍の両翼は崩れ、国人衆の兵も後退を始める。
夕方には、龍造寺本隊は城へ退却。
一部は周囲の砦へ入り、農民兵の多くは方々の村へ散っていった。
平野に残ったのは、折れた槍と盾、そして多くの負傷者だった。
八郎軍にも死傷者は出た。
八郎は倒れた兵を見つめ、黙って唇を噛んだ。
島津の老将が近づく。
「八郎様。」
「数万がぶつかった戦でございます。」
「この被害で陣が崩れず、敵を退けた。」
「十分すぎる勝ちにございます。」
「でも、亡くなった人は戻りません。」
「はい。」
八郎は静かに頷いた。
「丁寧に弔ってください。」
「遺族には、八郎商会が生涯責任を持ちます。」
「毎月、暮らせるだけの銭と米を渡します。」
「戦費として帳面へ付けてください。」
「負傷者も、治るまで面倒を見ます。」
老将は深く頭を下げた。
「承知いたしました。」
八郎は城の方へ目を向ける。
「落ち込んでばかりもいられません。」
「ここからは、うちの戦です。」
地図が広げられる。
「兵を七と三に分けます。」
「七は昼に砦を囲み、少しずつ圧力をかける。」
「三は休息と警戒。」
「夜は交代して、敵を眠らせない。」
「ただし無理な夜攻めはしません。」
「火と音と見張りで、休ませないだけです。」
「周辺の砦を一つずつ落とし、本城を孤立させます。」
島津の将たちが頷く。
「いよいよ包囲ですな。」
「はい。」
八郎は静かに答えた。
「野戦は終わりました。」
「ここからは、飯と時間と帳面で勝ちます。」




