1535年1月3週目。龍造寺側。総力の招集。見積もりの最大は1万8千。ただ八郎領付近の村々は非協力的で1万3千。
一月三週目。
八郎軍、島津本家、島津分家、日向、大隅の兵が北へ動き始めたという報せは、
ほどなく龍造寺の城にも届いた。
「来たか。」
龍造寺の当主は、広げられた地図を睨みながら低く呟いた。
重臣たちの顔にも、正月までの重苦しさとは違う、切迫した色が浮かんでいる。
「間違いございませぬ。」
「島津本家、分家の兵も動いております。」
「肥後、薩摩の八郎軍と合流し、肥前へ入る構えにございます。」
当主は拳を握った。
「この戦に負ければ、龍造寺はなくなる。」
「国人衆にも村々にも、そう触れ回れ。」
「侍も足軽も農民も、出せる者は全部集めろ。」
家臣の一人が慎重に答える。
「どこまで集まるかは、やってみなければ分かりませぬ。」
「最大で一万八千ほど。」
「ですが……。」
「そこまでは無理やろ。」
町名役が苦い顔で言った。
「八郎の施しが、思った以上に回っております。」
「一度でも飯を食うた者は、なかなかこちらへ来ませぬ。」
「三倍で米を買うという話も、村々へ広がっております。」
当主は舌打ちした。
「人質を取ってでも集めろ。」
だが、帳面役は首を横に振る。
「それはお勧めできませぬ。」
「娘や子を押さえて兵に出したところで、崩れる時は崩れます。」
「むしろ戦場で裏切られる危険が増えます。」
「ある程度は強く命じます。」
「ですが、激しく逆らう者まで無理に連れてくるより、最初から外した方がましです。」
「……それほどか。」
「はい。」
特に厳しかったのは、八郎領に近い村々だった。
龍造寺の役人が村へ入り、男たちを集める。
「龍造寺家存亡の戦や。」
「槍を持てる者は城へ来い。」
だが、村人たちの顔は硬い。
一人の若者が、恐る恐る口を開いた。
「聞いてます。」
「八郎軍は二万を超えるそうやないですか。」
「島津の兵もぎょうさん来ると。」
「わしらが龍造寺方についても、死ぬだけや。」
「何を言う。」
「村におれば八郎軍は殺さんと言うてます。」
「武器を持たず、城へ行かず、家におれと。」
「そんなん敵の言葉やぞ。」
「せやけど。」
別の農民が前へ出る。
「八郎領では税が軽うなった。」
「借金も返してくれる。」
「飯もくれる。」
「家が滅ぶかもしれん言われても。」
「今より暮らしが良うなるなら、そっちの方がええと思う者もおる。」
役人の顔が赤くなる。
「我らに歯向かう気か!」
「今から村ごと潰すこともできるんやぞ!」
すると村の年寄りが静かに立ち上がった。
「やってみい。」
「その話、隣の村にも、その隣にも触れて回るぞ。」
「龍造寺は、兵に出ん村を皆殺しにするとな。」
「全部の村を滅ぼすつもりか。」
「……。」
「そんなことしたら、残った者も全部八郎方へ行くぞ。」
役人たちは言葉を失った。
周囲の村人たちも、怯えながらではあるが、誰一人として目を逸らさなかった。
「もうええ。」
「後悔しても知らんぞ。」
役人はそれだけ吐き捨て、村を出るしかなかった。
こうしたやり取りが、八郎領に近い村々で相次いだ。
一方、有馬や松浦に近い側では、まだ事情が違っていた。
「龍造寺が滅べば、次はこの辺まで八郎軍が来る。」
「家も土地も取られるぞ。」
そう言い聞かせることで、何とか男たちを集めることができた。
数日後。
城へ各地の兵数が報告された。
「集まった兵は。」
「およそ一万三千でございます。」
広間が静まり返る。
「一万三千……。」
「一万八千ではないのか。」
「八郎領側の村々から、ほとんど出てきておりませぬ。」
「国人衆の中にも、兵を半分しか出さぬ者がおります。」
「有馬、松浦側からは予定に近い人数が集まりましたが、それでもこれが限界です。」
家臣たちの顔が青ざめる。
「八郎方は、どれほどや。」
「正規兵二万。」
「加えて、日向、大隅の後方支援兵二千。」
「合計二万二千と見られております。」
「……全然足らんやないか。」
誰かが思わず漏らした。
当主は地図を睨みつける。
「数で正面から当たれば負ける。」
「ならば。」
「こちらが戦いやすい場所へ引き込むしかない。」
「狭い道か。」
「川か。」
「湿地か。」
「相手の数を生かせん場所や。」
重臣の一人が低く言う。
「ですが。」
「八郎が、それに乗りますか。」
皆が黙り込んだ。
八郎軍は、急いで城へ突っ込んでくる相手ではない。
平地に陣を敷き。
索敵を続け。
飯を炊き。
村々の米を買い。
少しずつ砦を落としてくる。
こちらが有利な場所へ誘っても、来なければそれまでだった。
「乗らせるしかない。」
当主は絞り出すように言った。
「餌を置け。」
「弱みを見せろ。」
「後ろへ回れると思わせろ。」
「何でもええ。」
「一度、大きく勝たねば。」
「この一万三千も、戦う前に崩れる。」
その言葉に、誰も反論できなかった。
兵は集まった。
だが、数も、士気も、民の心も、思っていたほどには揃っていない。
龍造寺の戦は、始まる前から苦しいものになっていた。




