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1535年1月2週目。龍造寺への出陣の支度を淡々とこなす八郎。湯釜を多めに持っていく。あとから合流する旨伝えるも反対される。銭を大量に持っていく八郎は味方、侵略先の農民からの安心感が違うWWW

一月二週目、ある日の夕方頃。

 軍議が終わると同時に、八郎は休む間もなく次の指示を出していた。

「早馬を出してください。」

 書状を受け取った使者が姿勢を正す。

「宛先は日向、大隅です。」

「それぞれ千人ずつ、兵を出してください。」

「役目は後方支援。飯炊き、荷駄、負傷者の搬送、物資管理が中心です。」

「承知いたしました。」

「あと、もう一つ。」

 八郎は筆を止める。

「湯釜をできるだけ積んできてください。」

 使者が首を傾げた。

「湯釜……でございますか?」

「はい。」

「できるだけ多く。」

「それも丈夫なものをお願いします。」

 使者が困った顔になる。

「失礼ですが……。」

「なぜ湯釜なのでしょう。」

 八郎は当然のように答えた。

「占領した後に使います。」

「え?」

「どうせ城を取ったら炊き出しを始めます。」

「味噌汁も炊きます。」

「湯も沸かします。」

「なら最初から持って行った方が早いでしょう。」

 その場にいた島津本家の連絡役が思わず笑った。

「普通は槍や弓を増やせと言うところを……。」

「湯釜ですか。」

「武器も大事です。」

「でも飯がもっと大事です。」

 八郎は平然としている。

「肥後や薩摩から運んでもいいですが。」

「今回は出兵するんです。」

「どうせ荷車は動きます。」

「なら最初から積んで来てもらった方が効率がいいです。」

 島津分家の連絡役も頷いた。

「理にはかなっておりますな。」

「分かりました。」

「本家、分家にも伝えておきます。」

「鍋や湯釜も一緒に運びましょう。」

 八郎は地図を広げた。

「一週間ほどで薩摩川内へ集結。」

「そこから順番に北上します。」

「私は帳簿がありますので、一週間ほど遅れて合流します。」

「その頃には皆さんは肥後国境に集結しているはずです。」

 父親がすぐに首を横へ振る。

「いや。」

「それはあかん。」

「え?」

「大将がおらんと締まらん。」

 島津本家の連絡役も力強く頷いた。

「まったくその通りです。」

「八郎様がおられるだけで、兵の士気は変わります。」

「いやいや。」

 八郎は苦笑した。

「五歳児ですよ?」

「私がおっても、おらんでも、指揮はそんなに変わらないでしょう。」

 今度は島津分家の連絡役まで笑った。

「変わります。」

「何が変わるんですか?」

「安心感です。」

「安心感?」

「はい。」

「八郎様は、戦になると毎回、とんでもない額の銭を持って来られる。」

「だから兵は安心して物を買えます。」

「略奪する必要もありません。」

 父親も続ける。

「村人も安心する。」

「『ちゃんと払う軍』やと思われとる。」

「飯も買う。」

「薪も買う。」

「野菜も買う。」

「全部銭で買う。」

「その銭を持ってくるんが八郎や。」

「だからお前がおるだけで意味がある。」

 八郎は少し照れくさそうに頭を掻いた。

「そんなものですか。」

「そんなもんです。」

「兵は戦だけしとるんやない。」

「安心して飯が食えるというのは大きい。」

 しばらく考えた八郎は、小さく笑った。

「分かりました。」

「帳簿は早めに締めます。」

「できるだけ皆さんと一緒に動けるよう調整します。」

「その方が安心です。」

「ありがとうございます。」

 その日の夕方。

 兄弟全員で、姫君たちの屋敷へ挨拶に向かった。

 まずは大友家の姫君たちである。

 八郎が頭を下げた。

「近いうちに龍造寺へ向かいます。」

「しばらく留守にしますので、ご挨拶に参りました。」

 姫君たちは少し寂しそうな顔をする。

「もう出陣されるのですか。」

「はい。」

「ですが、市は止まりません。」

「商いも止まりません。」

「皆さんには、ぜひ町を見ていていただきたいと思います。」

「最後の機会、ということですか?」

「今のところは。」

 八郎は穏やかに答えた。

「六月までは停戦です。」

「その間、私たちは肥前を治めることになります。」

「その後は……。」

 少し笑う。

「たぶん、お父上はまた『もっと仲良くしましょう』と仰ると思います。」

 姫君たちも笑った。

「その前に。」

「まず勝ってください。」

「そうですね。」

 八郎は真剣な表情になる。

「兵が倍いても負ける戦はいくらでもあります。」

「だから油断はしません。」

「そのような物騒なお話はやめてください。」

「必ずご無事で帰ってきてください。」

「ありがとうございます。」

 八郎は深く頭を下げた。

 続いて島津の姫君たちのもとへ向かう。

「父上たちも、出陣前にご挨拶へ来られると思います。」

 春姫が優しく微笑む。

「皆、勝つと信じております。」

「でも。」

「無理だけはなさらないでください。」

「今の暮らしを作ったのは八郎様です。」

「だから、その暮らしを守るためにも、ご自身を大事になさってください。」

 八郎は少し照れながら笑った。

「はい。」

「ちゃんと帰ってきます。」

 兄弟たちもそれぞれ姫君たちと言葉を交わす。

 笑顔の中にも、どこか戦を前にした静かな緊張が漂っていた。

 館を出る頃には、冬の夕暮れがゆっくりと空を赤く染め始めていた。

 龍造寺との決戦は、もう目前まで迫っていた。

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