1535年1月2週目。 龍造寺出兵への帳面合わせ。利益計1940万文。じっくり借金を消しながら龍造寺の対策に余念がない。
一月二週目。
正月も終わり、それぞれの兄弟や姫君たちも各持ち場へ戻り始めた頃。
八郎商会では、新年最初の本格的な帳面合わせが開かれていた。
広間には兄弟たちをはじめ、庄屋衆、勘定方、各地の連絡役まで顔を揃えている。
八郎は帳面を開きながら笑顔で口を開いた。
「それでは始めましょう。」
「ようやく全員そろいましたね。」
「市の方も正月明けから順調に回っております。」
勘定役が立ち上がる。
「一月二週目の利益でございます。」
「合計、一千九百四十万文。」
広間から感心した声が漏れる。
「ほう……。」
「もう二千万文が見えてきたな。」
「毎週これだけ回るとは。」
八郎も頷いた。
「順調ですね。」
「ですが、使う方も順調です。」
そう言って次の帳面を開く。
「まず、肥後南部。」
「城の借金六百五十万文を返済いたします。」
「さらに島津本家の借金五百七十万文も返済。」
「合わせて千二百二十万文でございます。」
島津本家の連絡役が思わず頭を下げる。
「毎度ありがとうございます。」
「本家も借金がだいぶ軽くなりました。」
「侍衆の顔色も変わっております。」
肥後側の代表も嬉しそうに頷く。
「城の借金まで消えていくとは。」
「夢みたいですな。」
六郎が笑う。
「順調やなあ。」
七郎も帳面を見ながら頷く。
「この調子やったら、どんどん返せそうや。」
すると八郎は首を横に振った。
「油断しないでください。」
一同が静かになる。
「肥前を全部落としたら。」
「五十万石分の借金が、一気に入ってきます。」
「今の利益でも全然足りません。」
「ですから。」
「今順調だからといって気を抜く時期ではありません。」
皆が真剣な表情で頷いた。
「それと。」
「龍造寺方面ですが。」
「今週も百万文分。」
「食料を様々な形で送り込んでおります。」
勘定役が補足する。
「団子。」
「握り飯。」
「味噌。」
「乾物。」
「塩。」
「小口に分けて、各村へ少しずつ。」
「目立たぬよう続けております。」
父親が腕を組む。
「ほんま、地道やな。」
八郎は微笑んだ。
「こういうのは積み重ねです。」
「一度に三百万文配るより。」
「十万文を何十回も配る方が効きます。」
「取られにくいですし。」
「村人の記憶にも残ります。」
「なるほどな。」
母親も感心したように頷く。
八郎は地図を広げた。
「そして。」
「そろそろ龍造寺へ向けた準備を、本格的に始めます。」
空気が少し引き締まる。
「市は止めません。」
「交易も止めません。」
「新しい市も立ち上げます。」
「ですが。」
「兵站。」
「物資。」
「馬。」
「矢。」
「塩。」
「米。」
「それらの備蓄を増やしていきます。」
三郎が口を開く。
「飯炊き部隊も増やした方がええな。」
「はい。」
「その予定です。」
「交易もしっかり回しながら。」
「利益を毎週積み重ねる。」
「その利益で新しい市を作り。」
「借金を返し。」
「戦費も賄う。」
「全部同時進行です。」
勘定方が苦笑する。
「聞いてるだけで忙しいですな。」
「実際忙しいですよ。」
八郎も笑った。
「目標は変わりません。」
「六月の停戦期限までに。」
「肥前五十万石を取りに行きます。」
その言葉に広間がざわつく。
「やる気満々やないか。」
「五歳児の言葉ちゃうぞ。」
八郎は照れ笑いした。
「だから。」
「今の飯配りが重要なんです。」
「二月末まで続ければ。」
「村々への浸透もかなり進みます。」
「ただ。」
「そこから実際に攻め始めると。」
「一か月近く戦になるでしょう。」
父親が地図を見る。
「ということは。」
「四月までには終わらせたいわけか。」
「はい。」
八郎は迷いなく答えた。
「田植えがあります。」
「農民をいつまでも戦へ出すわけにはいきません。」
「だから。」
「四月頭までには大勢を決めたい。」
「長引けば長引くほど。」
「農民も苦しくなります。」
「それは避けたい。」
七郎が尋ねる。
「じゃあ予定より早まる可能性もあるんか?」
「あります。」
八郎は頷いた。
「兵を上げる時期。」
「出兵の日。」
「多少前倒しになるかもしれません。」
「だから。」
「今、島津の皆さんには厳しく鍛えてもらっていますが。」
「予定は少し変わる可能性があります。」
「そのつもりでいてください。」
島津本家の連絡役が力強く頷いた。
「承知しました。」
「いつでも動けるよう準備しておきます。」
島津分家も続く。
「兵も飯炊きも。」
「全て整えておきます。」
八郎は満足そうに笑った。
「ありがとうございます。」
「戦は始まる前の準備で、七割決まります。」
「だから今は。」
「焦らず。」
「でも手は止めず。」
「一歩ずつ積み上げていきましょう。」
兄弟たちも大きく頷く。
「よし。」
「龍造寺まで、あと少しやな。」
館の空気は、正月の穏やかさから、いよいよ決戦へ向かう緊張感へと少しずつ変わり始めていた。




