1535年正月、それぞれの思い ~龍造寺方面~ 八郎領からの物資の流れが止められないwww 領主側の想いと村々の想い
一月一日。
龍造寺の城にも、新年の朝はやってきた。
城内では祝い膳が並び、家臣たちも正月の挨拶を交わしていた。
「明けましておめでとうございます。」
「今年もよろしくお願いいたします。」
皆、口ではそう言う。
だが、表情はどこか晴れない。
龍造寺当主も盃を手にしながら苦笑した。
「……めでたいはめでたいが、何とも締まらん正月やな。」
重臣たちも苦く笑う。
「まことに。」
町名役が帳面を持って前へ出た。
「年末からの報告でございます。」
「村々へ、相変わらず八郎勢から物資が流れ込んでおります。」
当主が顔をしかめる。
「止められんのか。」
「難しゅうございます。」
「止めるとなれば、今度は商いそのものが止まります。」
「街道を封鎖すれば、市も細ります。」
「それに。」
「毒入りの飯を配っているわけでもございません。」
「ただの施しです。」
「それを力づくで止めれば、今度はこちらの器量を疑われます。」
重臣の一人が腕を組む。
「本来なら。」
「村へ届く前に押さえ、それをこちらの施しとして配るのが一番きれいや。」
「ですが。」
「それをさせんようにしております。」
「夜道を通ったり。」
「山道を使ったり。」
「寺を経由したり。」
「荷も小さく分けて運びます。」
「気付いた時には、もう村人の腹に収まっとる。」
当主は静かに息を吐いた。
「狙いは何や。」
帳面役が即座に答える。
「想像は難くありません。」
「戦になった時。」
「村人に兵として城へ集まらせないこと。」
「そして。」
「物資をこちらへ渡させないこと。」
「先だっての報告でも。」
「米は三倍の値で買い取ると言っておりました。」
その言葉に部屋が静まる。
「……三倍か。」
家臣の一人が苦笑する。
「倍なら迷う者もおる。」
「三倍はさすがに揺れる。」
帳面役も頷いた。
「まさに物量で押しております。」
「しかも。」
「兵も多い。」
「大内の中立も買い取りました。」
「こちらとしては、なかなか苦しい状況です。」
当主は地図へ目を落とした。
「幸い。」
「有馬と松浦は後ろから攻めてこん。」
「そこだけは集中できる。」
「だが。」
「国高では負けとる。」
「兵の数も劣る。」
重臣が続ける。
「日向、大隅からは大軍は来んでしょう。」
「ですが。」
「薩摩と肥後からは、まず間違いなく来ます。」
「そうなれば。」
「八十万石近いところから兵を集めることになります。」
「こちらとの差は歴然です。」
別の武将が唸る。
「しかも。」
「村々へ配る飯。」
「八郎側からすれば端金でも。」
「こちらから見れば、決して小さい額ではありません。」
「兵が実際どこまで戦うか。」
「それはやってみねば分かりませんが……。」
「島津兵は強い。」
誰かがそう言う。
すると別の者が苦笑した。
「うちとて肥前では鳴らした兵や。」
「正面なら五分五分やろ。」
「だが。」
「八郎の兵が弱いとは限らん。」
「そこが読めん。」
当主は盃を静かに置いた。
「結局。」
「戦うしかない、か。」
誰も答えなかった。
重い空気のまま、祝い膳だけが静かに減っていった。
一方その頃。
龍造寺領の、とある村。
年寄りが囲炉裏の前で味噌汁をすすっていた。
子どもたちは焼いた団子を頬張り、大人たちは握り飯を手に笑っている。
「今年はありがたかったな。」
「年末年始に、よう食べられた。」
「ほんまや。」
「八郎様のところから、ちょこちょこ持って来てくれたしな。」
「団子も握り飯もうまかった。」
一人が小声で言う。
「今年は……。」
「領主様、変わるかもしれんな。」
その場が少し静かになる。
若い男が頷く。
「そうなるかもしれん。」
「でも。」
「期待し過ぎてもあかんな。」
すると村の長老がゆっくり口を開いた。
「そうや。」
「まずは生き延びることや。」
「どっちが勝つかなんぞ、わしらには分からん。」
「戦になったら。」
「できるだけ巻き込まれんこと。」
「城へ駆け込まんこと。」
「村で静かにしとくこと。」
「それが一番や。」
皆が黙って頷く。
「どっちにも付き過ぎん。」
「生き残ることが先や。」
若い者も神妙な顔になる。
「……そうですね。」
しばらく沈黙が流れる。
やがて一人が味噌汁を飲みながら笑った。
「でも。」
「米は、やっぱりうまいな。」
皆が顔を見合わせる。
そして。
「それは間違いない。」
「今年も腹いっぱい食べられたら、それだけでええ。」
囲炉裏の火が静かに揺れる。
外では冷たい冬風が吹いていたが、小さな家の中だけは温かな湯気と笑い声に包まれていた。
誰が領主になるのか。
戦はどうなるのか。
それはまだ誰にも分からない。
だが、村人たちはただ一つだけ願っていた。
――今年も、家族そろって米を食べられますように。
その願いだけは、龍造寺領でも、八郎領でも、変わることはなかった。




