1535年1月。正月。八郎五歳の始まり。誕生日祝いに庄屋衆の借金返済22か所から計2,200万文の寄付www肥後の侍の借金4,000万文を帳消しにする。
一月一日。
八郎商会の一年は、いつも通り質素な朝飯から始まった。
握り飯に味噌汁、漬物。
父と母、六郎、七郎、そして八郎は、新しい年を迎えたことを祝いながら、静かに箸を進める。
「さて。」
父が湯呑みを置く。
「今日は忙しいぞ。」
「町面帳面開きですからね。」
八郎も頷いた。
「まずはみんなに挨拶しましょう。」
朝日が昇る頃には、館の広場には商人衆、庄屋衆、侍衆、町人たちが集まり始めていた。
新年らしく晴れやかな顔が並ぶ。
八郎が前へ出ると、一斉に頭が下がった。
「明けましておめでとうございます!」
「今年もよろしくお願いいたします!」
「はい。」
「明けましておめでとうございます。」
八郎は小さく手を振りながら笑う。
「それでは、新年最初の帳面開きです。」
「細かい数字は後ほど見てもらうとして、大きなところだけお話しします。」
皆が静かに耳を傾ける。
「まず。」
「現在、借金を完全に返し終えた拠点が二十二か所になりました。」
その言葉だけで拍手が起こる。
「ありがとうございます。」
「そしてもう一つ。」
「それらの領地から、総額二千二百万文の寄進をいただきました。」
場内がどよめいた。
「二千二百万文!」
「そんなに!」
八郎も少し照れくさそうに笑う。
「ありがとうございます。」
「今日は僕の五歳の誕生日でもあります。」
「皆さんからのお祝いということで受け取らせてもらいます。」
薩摩から来ていた代表が笑顔で頭を下げる。
「その通りでございます。」
「八郎商会への恩返しです。」
「農民の借金を消していただき。」
「武士の借金を消していただき。」
「城まで助けていただいた。」
「このくらいは当然でございます。」
八郎も深く頭を下げた。
「ありがとうございます。」
「大切に使わせてもらいます。」
帳面役が数字を書き足していく。
「今回の利益が一千九百万文。」
「寄進が二千二百万文。」
「合わせて四千百万……いや、四千百文……」
「四千百万文ですね。」
会場から笑いが起きた。
「新年早々、桁を間違えるな。」
「すみません。」
帳面役も苦笑いする。
八郎が話を続ける。
「このうち百万文は。」
「龍造寺領へ施しを続ける費用にします。」
誰かが小声で笑う。
「飯の毒やな。」
八郎も苦笑する。
「言い方は悪いですけどね。」
「施しです。」
「残り四千万文。」
「これは。」
「肥後の侍衆の借金が、ちょうど四千万文ほど残っています。」
「ですから。」
「今日で全部消しましょう。」
一瞬、静寂が訪れた。
そして。
「……え?」
「全部?」
「今ですか?」
肥後から来ていた侍たちが顔を見合わせる。
八郎は当然のように頷いた。
「はい。」
「正月のお年玉です。」
「今日ここで、証文を全部焼きます。」
歓声が上がった。
「うおおおお!」
「本当ですか!」
「ありがとうございます!」
侍たちの中には、その場で涙ぐむ者までいた。
「これで……。」
「これで子どもに胸を張って帰れます。」
「借金がない。」
「ようやく胸張って侍と言える。」
一人がそう呟くと、周囲も何度も頷いた。
八郎は笑顔で言う。
「これで戦に行く時も、気兼ねなく行けるでしょう。」
「皆さんには、これから頑張ってもらいます。」
「はい!」
力強い返事が広場に響いた。
六郎が隣で笑う。
「ほんま。」
「こういう金の使い方、うまいな。」
七郎も苦笑する。
「士気が一気に上がった。」
父も感心したように頷く。
「商売人の金の使い方や。」
母も笑顔になる。
「めでたい日に、めでたいことをする。」
「それが一番や。」
八郎は皆を見渡した。
「今日は話はこのくらいにしましょう。」
「それぞれの館では。」
「炊き出し。」
「祝いの振る舞い。」
「十文のお年玉。」
「いろいろ準備してあります。」
「皆さん順番に回ってください。」
「一年を気持ちよく始めましょう。」
「おおーっ!」
大きな拍手が起こる。
「八郎様!」
「新年早々ありがとうございます!」
「今年もよろしくお願いいたします!」
八郎は笑って手を振る。
「いやいや。」
「これから、その気持ちいい分の見返りを皆さんに求めるんですから。」
「今のうちに喜んでおいてください。」
一瞬静まり返ったあと、広場中が笑いに包まれた。
「怖いこと言う五歳児や!」
「五歳になったらそんな怖くなるんか!」
八郎は肩をすくめる。
「一か月で何も変わりませんよ。」
「四歳でも同じこと言うてましたし。」
「それもそうや!」
父が腹を抱えて笑う。
母も笑いながら八郎の頭を軽く叩く。
「あんたは相変わらずや。」
「変わらん方がええですよ。」
そう答える八郎の顔には、新しい一年への期待が浮かんでいた。
広場では炊き出しの湯気が立ち上り、子どもたちは十文を握りしめて嬉しそうに走り回る。
侍たちは借金の証文が焼かれる火を見つめながら、新たな決意を胸に刻んでいた。
こうして八郎商会は、笑顔と歓声に包まれながら、新たな一年を歩み始めた。




