表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
524/646

1534年12月末日。大晦日の八郎家の食卓。兄様達がいないから大友の姫達を呼ぼう。

十二月三十一日。

 八郎家の館も、珍しく静かな空気に包まれていた。

 一郎から五郎までは、それぞれ島津本家や分家で年末の振る舞いに出向いている。

 館に残っているのは、父、母、六郎、七郎、そして八郎だけだった。

 母が台所で鍋をかき混ぜながら笑う。

「今年は人が少ないなぁ。」

 父も湯呑みを手に頷く。

「賑やかなのもええけど、たまにはこんなんもええ。」

 八郎は少し考えてから言った。

「……大友の姫様方、帰らんかった人がおるでしょう。」

「呼んだらどうです?」

「昼飯ぐらいやったら、一緒に食べてもええですし。」

 父も母も顔を見合わせる。

「それはええな。」

「せっかく残ってくれとるんやし。」

 ほどなくして、大友家の姫君たちが館へやって来た。

「失礼いたします。」

「お邪魔します。」

 姫君たちは少し緊張した面持ちだった。

 しかし部屋へ案内されると、思わず目を丸くする。

「……え?」

 大きな膳が並ぶわけでもない。

 皆が同じ卓を囲み、鍋を囲んでいる。

 父が笑う。

「さあさあ、座って。」

「うちはこんなもんや。」

 姫君が少し驚いたように言う。

「こんな近くで……皆様一緒に召し上がるんですか?」

 母が笑った。

「もともと貧乏やったからねぇ。」

「大名家みたいに何十人も並んで食べるような家やないんよ。」

「これくらいの距離が一番落ち着く。」

 姫君たちも自然と笑顔になる。

「……なんだか安心します。」

「そうですか?」

「はい。」

「大友では、こんな近い距離で殿様や奥方様と食事なんて、なかなかありません。」

「八郎様のお父様、お母様とも、こんなふうにお話できるなんて思いませんでした。」

 鍋を囲みながら、皆でゆっくり昼食を楽しむ。

 七郎が苦笑する。

「帳面合わせに比べたら静かやなぁ。」

 六郎も頷く。

「人が少ない方が飯は食いやすい。」

 姫君も笑う。

「でも、あの帳面合わせも慣れてきました。」

「最初は人が多すぎて何を話していいか分かりませんでしたけど。」

 八郎が苦笑した。

「僕でもありますよ。」

「え?」

「言うたらあかんこと言うてないかな、とか。」

「あとで直すの面倒やな、とか。」

 父が思わず吹き出した。

「お前でもそんなこと考えとるんか。」

「考えますよ。」

「まぁ、大きい借金を一つ二つ消したら、皆さん喜んでくれますから。」

「それで何となくごまかしてます。」

 母が笑う。

「ごまかしとるんかい。」

 部屋中が笑いに包まれた。

 八郎は少し真面目な顔になる。

「でも。」

「うちは、どれだけ大きくなっても、この距離感は大事にしたいんです。」

「もともと家族が一家離散するかもしれへんいうところから、握り飯を売って始めたでしょう。」

「だから。」

「家族仲が悪くなるのだけは違うと思うんです。」

 父も母も静かに頷いた。

「兄様方には無茶振りしてますけどね。」

 六郎がすぐ反応する。

「自覚あるんか。」

「あります。」

「でも、本気で嫌なら無理にはせんでええと思ってます。」

「姫様方との縁も同じです。」

「一郎兄さん、二郎兄さんはともかく。」

「三郎兄さんから八番目まで、もともとは庄屋の三男、四男、五男……。」

「普通なら、こんな立派な縁談なんてありません。」

「ありがたいと思ってくれてるのか、迷惑なんかは分かりませんけど。」

 姫君がくすっと笑う。

「八郎様は迷惑なんですか?」

「いや。」

「迷惑ではないですよ。」

「ただ。」

「今は皆の八郎なんで。」

 姫君たちが顔を見合わせる。

「逃げてません?」

「逃げてません。」

 八郎は真顔で返す。

「いろんな大人から声が掛かるんですよ。」

「仕事が多いんです。」

「四歳……いや、来月で五歳ですけど。」

「普通の五歳児では考えんような責任があります。」

「だから。」

「女の人とのご縁は、まだ少し先でもええかなって。」

 姫君が笑いながら言う。

「でも父上は、八郎様と仲良くしなさいって、ものすごく言いますよ。」

「それはお父様の都合ですよ。」

 八郎は肩をすくめた。

「それで心から仲良くなれるかは別の話です。」

「自然に仲良くなれた方がええでしょう。」

 そこで七郎へ視線が集まる。

「七郎様は?」

 急に話を振られ、七郎が慌てる。

「え?」

「まぁ……仲良うはしたいけどな。」

「じゃあ今度、市でも案内してください。」

「市ぐらいやったら。」

「ええで。」

 姫君たちが嬉しそうに笑う。

「やった!」

 六郎が横から笑う。

「お前ら、仕事しとる方が気楽そうやな。」

 七郎も苦笑した。

「それは否定できん。」

「もう。」

「私たちを重荷みたいに言わんといてください。」

 皆が笑い合う。

 しばらくして、話は来年へ移った。

 八郎は湯呑みを持ちながら静かに話す。

「結局。」

「他家と仲良くするいうても。」

「こうやって飯食べながら話すところからやと思うんです。」

「もちろん。」

「分かり合えるかどうかは、その家の事情もあります。」

「でも。」

「今の九州は。」

「大友。」

「大内。」

「うち。」

「大きく見たら、この三つになりそうでしょう。」

「別に、争わんでもええところは争わんでええ。」

「来年一年くらいは、ゆっくりできたらええなと思ってます。」

 姫君がすぐに笑う。

「ゆっくりする気ないでしょう。」

「四国狙ってるじゃないですか。」

 八郎も笑う。

「はい。」

「狙ってます。」

「あと、明との貿易もできたらええなと思ってます。」

「大内さんがやってますからね。」

「船でいろんな珍しい物も入りますし。」

「薩摩川内の人たちも、最近は少し贅沢を覚え始めました。」

「衣食住を満たすのが、僕の仕事やと思ってます。」

「食べるものは、三郎兄さんが鰻を頑張ってます。」

「住むところも、温泉や宿を作っていきたい。」

「着るものだけは……。」

「正直よう分からんですね。」

「京都に行けば何かあるんでしょうか。」

 姫君たちは笑いながら頷いた。

「京都は着物が有名ですよ。」

「ほんまですか。」

「それなら、そのうち勉強しに行かなあきませんね。」

 父が湯呑みを置き、穏やかに笑った。

「焦らんでええ。」

「まずは年を越そう。」

 皆が「そうですね」と頷き、温かな笑い声が館に広がった。

 慌ただしく駆け抜けた一年の最後の日。

 それは、戦や政治を忘れ、家族と仲間が同じ鍋を囲む、静かで温かな大晦日だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ