1534年12月末日。大晦日の八郎家の食卓。兄様達がいないから大友の姫達を呼ぼう。
十二月三十一日。
八郎家の館も、珍しく静かな空気に包まれていた。
一郎から五郎までは、それぞれ島津本家や分家で年末の振る舞いに出向いている。
館に残っているのは、父、母、六郎、七郎、そして八郎だけだった。
母が台所で鍋をかき混ぜながら笑う。
「今年は人が少ないなぁ。」
父も湯呑みを手に頷く。
「賑やかなのもええけど、たまにはこんなんもええ。」
八郎は少し考えてから言った。
「……大友の姫様方、帰らんかった人がおるでしょう。」
「呼んだらどうです?」
「昼飯ぐらいやったら、一緒に食べてもええですし。」
父も母も顔を見合わせる。
「それはええな。」
「せっかく残ってくれとるんやし。」
ほどなくして、大友家の姫君たちが館へやって来た。
「失礼いたします。」
「お邪魔します。」
姫君たちは少し緊張した面持ちだった。
しかし部屋へ案内されると、思わず目を丸くする。
「……え?」
大きな膳が並ぶわけでもない。
皆が同じ卓を囲み、鍋を囲んでいる。
父が笑う。
「さあさあ、座って。」
「うちはこんなもんや。」
姫君が少し驚いたように言う。
「こんな近くで……皆様一緒に召し上がるんですか?」
母が笑った。
「もともと貧乏やったからねぇ。」
「大名家みたいに何十人も並んで食べるような家やないんよ。」
「これくらいの距離が一番落ち着く。」
姫君たちも自然と笑顔になる。
「……なんだか安心します。」
「そうですか?」
「はい。」
「大友では、こんな近い距離で殿様や奥方様と食事なんて、なかなかありません。」
「八郎様のお父様、お母様とも、こんなふうにお話できるなんて思いませんでした。」
鍋を囲みながら、皆でゆっくり昼食を楽しむ。
七郎が苦笑する。
「帳面合わせに比べたら静かやなぁ。」
六郎も頷く。
「人が少ない方が飯は食いやすい。」
姫君も笑う。
「でも、あの帳面合わせも慣れてきました。」
「最初は人が多すぎて何を話していいか分かりませんでしたけど。」
八郎が苦笑した。
「僕でもありますよ。」
「え?」
「言うたらあかんこと言うてないかな、とか。」
「あとで直すの面倒やな、とか。」
父が思わず吹き出した。
「お前でもそんなこと考えとるんか。」
「考えますよ。」
「まぁ、大きい借金を一つ二つ消したら、皆さん喜んでくれますから。」
「それで何となくごまかしてます。」
母が笑う。
「ごまかしとるんかい。」
部屋中が笑いに包まれた。
八郎は少し真面目な顔になる。
「でも。」
「うちは、どれだけ大きくなっても、この距離感は大事にしたいんです。」
「もともと家族が一家離散するかもしれへんいうところから、握り飯を売って始めたでしょう。」
「だから。」
「家族仲が悪くなるのだけは違うと思うんです。」
父も母も静かに頷いた。
「兄様方には無茶振りしてますけどね。」
六郎がすぐ反応する。
「自覚あるんか。」
「あります。」
「でも、本気で嫌なら無理にはせんでええと思ってます。」
「姫様方との縁も同じです。」
「一郎兄さん、二郎兄さんはともかく。」
「三郎兄さんから八番目まで、もともとは庄屋の三男、四男、五男……。」
「普通なら、こんな立派な縁談なんてありません。」
「ありがたいと思ってくれてるのか、迷惑なんかは分かりませんけど。」
姫君がくすっと笑う。
「八郎様は迷惑なんですか?」
「いや。」
「迷惑ではないですよ。」
「ただ。」
「今は皆の八郎なんで。」
姫君たちが顔を見合わせる。
「逃げてません?」
「逃げてません。」
八郎は真顔で返す。
「いろんな大人から声が掛かるんですよ。」
「仕事が多いんです。」
「四歳……いや、来月で五歳ですけど。」
「普通の五歳児では考えんような責任があります。」
「だから。」
「女の人とのご縁は、まだ少し先でもええかなって。」
姫君が笑いながら言う。
「でも父上は、八郎様と仲良くしなさいって、ものすごく言いますよ。」
「それはお父様の都合ですよ。」
八郎は肩をすくめた。
「それで心から仲良くなれるかは別の話です。」
「自然に仲良くなれた方がええでしょう。」
そこで七郎へ視線が集まる。
「七郎様は?」
急に話を振られ、七郎が慌てる。
「え?」
「まぁ……仲良うはしたいけどな。」
「じゃあ今度、市でも案内してください。」
「市ぐらいやったら。」
「ええで。」
姫君たちが嬉しそうに笑う。
「やった!」
六郎が横から笑う。
「お前ら、仕事しとる方が気楽そうやな。」
七郎も苦笑した。
「それは否定できん。」
「もう。」
「私たちを重荷みたいに言わんといてください。」
皆が笑い合う。
しばらくして、話は来年へ移った。
八郎は湯呑みを持ちながら静かに話す。
「結局。」
「他家と仲良くするいうても。」
「こうやって飯食べながら話すところからやと思うんです。」
「もちろん。」
「分かり合えるかどうかは、その家の事情もあります。」
「でも。」
「今の九州は。」
「大友。」
「大内。」
「うち。」
「大きく見たら、この三つになりそうでしょう。」
「別に、争わんでもええところは争わんでええ。」
「来年一年くらいは、ゆっくりできたらええなと思ってます。」
姫君がすぐに笑う。
「ゆっくりする気ないでしょう。」
「四国狙ってるじゃないですか。」
八郎も笑う。
「はい。」
「狙ってます。」
「あと、明との貿易もできたらええなと思ってます。」
「大内さんがやってますからね。」
「船でいろんな珍しい物も入りますし。」
「薩摩川内の人たちも、最近は少し贅沢を覚え始めました。」
「衣食住を満たすのが、僕の仕事やと思ってます。」
「食べるものは、三郎兄さんが鰻を頑張ってます。」
「住むところも、温泉や宿を作っていきたい。」
「着るものだけは……。」
「正直よう分からんですね。」
「京都に行けば何かあるんでしょうか。」
姫君たちは笑いながら頷いた。
「京都は着物が有名ですよ。」
「ほんまですか。」
「それなら、そのうち勉強しに行かなあきませんね。」
父が湯呑みを置き、穏やかに笑った。
「焦らんでええ。」
「まずは年を越そう。」
皆が「そうですね」と頷き、温かな笑い声が館に広がった。
慌ただしく駆け抜けた一年の最後の日。
それは、戦や政治を忘れ、家族と仲間が同じ鍋を囲む、静かで温かな大晦日だった。




