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1534年12月4週目。龍造寺の冬。八郎に五月雨式に飯を農民たちに配られ困る帳面役。現状対策できない。

十二月四週目。

 年の瀬が迫る龍造寺領。

 城下の奉行所では、帳面役が次々と上がってくる報告書を机に叩きつけていた。

「……ちっ。」

「またか。」

 目の前には村役人や足軽たちが並んでいる。

「申し訳ございません。」

「何が申し訳ございませんや。」

「報告はどうなっとる。」

 一人の足軽が恐る恐る口を開いた。

「各村で聞き取りをいたしました。」

「八郎勢が夜明けや夕暮れに現れ、団子や握り飯、味噌汁などを振る舞っておるという話は、

 あちこちで耳にしております。」

「それで?」

「……誰も認めません。」

 帳面役が眉をひそめた。

「認めん?」

「はい。」

「村人は皆、『そんなもん知りません』『もろうてません』と口を揃えております。」

「証拠はあるんか、と逆に聞かれまして……。」

 別の役人も苦い顔をする。

「鍋があったので問い詰めましたが、『年末やから炊き出ししただけや』『何が悪い』

 と言われまして。」

「そんな炊き出しができる蓄えがあるんか、と聞いたら……。」

「『蓄えがないくらい税を取っていくお前らが悪い』と返されました。」

 部屋の空気が重くなる。

「兵たちも言い返せませんでした。」

 帳面役は深く息を吐いた。

「そうなるか……。」

 さらに別の足軽が言う。

「それどころか……。」

「村人から『そんなことばかりするなら、戦になっても俺らは行かんぞ』と言われまして。」

「八郎商会に言われたんか、と聞きましたが……。」

「『そんなことは知らん。食えるか食えへんか、それだけや』と。」

「『龍造寺様が強いのは知っとる。でも腹は膨れん』と。」

 役人たちは顔を伏せた。

「さらに。」

「『隣の領地は豊かになっとるらしい。島津とも仲良うやっとる。四か国分くらいの勢力に

 なっとるんやろ』とも。」

「『龍造寺様が大内様にも袖にされたいう話も聞いとる』と……。」

 帳面役は静かに目を閉じる。

「それで。」

「『わしらは死にに行くんか』と言われました。」

「『死ぬんやない、土地を守るんや』と言い返しましたが……。」

「『守る言うても税ばっかりやないか』」

「『前も八郎商会からもろた飯を、お前らが取り上げたやないか』」

「そう言われまして。」

 一人の若い役人が悔しそうに言う。

「あれは敵の策略です、と説明しました。」

「すると。」

「『策略でも何でもええ。わしらは食えたらそれでええ』」

「『難しいことは知らん』」

「『覚えとるんは、もろた飯を取られたことだけや』」

 部屋は静まり返った。

 帳面役はゆっくり頷く。

「……そうやろ。」

「そういうことや。」

「以前、お前らに『なんで取ったんや』と怒った意味が、少しは分かったか。」

 役人たちは黙って頭を下げた。

「はい……。」

「その時は分かりませんでした。」

「今になって、ようやく。」

 帳面役は手を振る。

「もうええ。」

「帰れ。」

「……はっ。」

 役人たちが部屋を出ていく。

 残った者同士で重苦しい空気が流れた。

 一人がぽつりと漏らす。

「思った以上に……。」

「民の心が離れておりますな。」

 帳面役は苦い顔で笑った。

「当たり前や。」

「何も見返りも求めず飯を配る者と。」

「それを警戒して取り上げる者。」

「どちらが好かれるかなど、子どもでも分かる。」

 別の家臣が言う。

「ならば、こちらも施しを……。」

「駄目や。」

 帳面役は即座に首を振った。

「城の蓄えを吐き出したら、籠城戦ができん。」

「八郎軍と戦うんやぞ。」

 部屋に地図が広げられる。

「龍造寺単独で国人衆含めて三十万石。」

「有馬と松浦が動かんとなれば、国人衆も様子見になる。」

「集められる兵も限界がある。」

「対して。」

「八郎と島津を合わせれば、おそらく百万石超。」

「三倍……いや四倍近い。」

「しかも大友は停戦中。」

「兵を丸ごとこちらへ回してくる。」

「大内にも二千万文払って中立を買うた。」

「数万の軍勢が来るのは間違いない。」

 誰も反論できなかった。

「だから。」

「今、城の蓄えをばら撒くのは悪手や。」

「打つ手が……ありませんな。」

 一人が小さく呟く。

 帳面役も苦しそうに頷く。

「あるとすれば。」

「従属。」

 その言葉に全員が顔を上げた。

「……ですが。」

「龍造寺様が頭を下げるとは。」

「三十万石の大名ですぞ。」

「戦えるだけの体力もございます。」

「そうや。」

 帳面役は低く言う。

「だから簡単には下げられん。」

「それに。」

「八郎が許すとも思えん。」

「龍造寺を取り。」

「有馬、松浦も取り。」

「九州は、大内と大友、そして八郎。」

「三つほどの勢力で落ち着くつもりなんやろ。」

 部屋は重い沈黙に包まれた。

 若い役人が、つい本音を漏らす。

「……戦う前から。」

「だいぶ民の心、離れてしまいましたね。」

 その瞬間。

「馬鹿!」

 町名役の怒声が部屋中に響いた。

「そんなことを口にするな!」

 若い役人は慌てて頭を下げる。

「も、申し訳ございません!」

 帳面役は拳を握り締める。

「まだ終わっとらん。」

「戦はこれからや。」

「勝てば民も戻る。」

「……戻るはずや。」

 そう言いながらも、その声には、自分自身へ言い聞かせるような響きが混じっていた。

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