1534年12月4週目。年末最後の帳面合わせ。つけ払い等をしても700万文以上の黒字。来年大きく動くのでよろしく!
十二月四週目。
今年最後となる町面合わせの日である。
朝から庄屋衆、帳面役、兄弟たち、各町の代表が館へ集まり、年末らしい穏やかな空気が流れていた。
八郎はいつものように帳面を開き、にこりと笑う。
「では、年内最後の帳面合わせです。」
「細かい数字は後でゆっくり見てください。」
六郎が笑う。
「今年最後までそれやな。」
「最後ぐらい細かく説明せえ。」
広間がどっと笑う。
帳面役が立ち上がり、大きな声で読み上げた。
「十二月四週目の収益でございます。」
「各地の市、寺社市、飯屋、交易、温泉、話会などを合わせまして――」
「総収益、一千八百五十四万文。」
広間がどよめく。
「今年最後もよう稼いだな。」
「ほんまや。」
帳面役は続けた。
「ただし。」
「新たに肥後へ加わった領地につきまして、湯あみと高級湯あみの付け払いを消しております。」
「その費用として八百十万文を計上。」
父が静かに頷く。
「約束は約束や。」
「参加した以上、最初に信用を作る。」
「それでええ。」
八郎も頷いた。
「借金を減らすのが八郎商会ですから。」
「まずはそこからです。」
帳面役はさらに続ける。
「続きまして。」
「年始の施し、お祝い、お年玉代として二百万文。」
「さらに龍造寺領周辺で続けております団子、おにぎりなどの施し代として百万文。」
「以上を計上いたしました。」
帳面を閉じる音が響く。
「結果。」
「差引利益、七百三十四万文の黒字でございます。」
七郎が口笛を吹いた。
「八百十万使って。」
「まだ七百三十四万残るんか。」
六郎も笑う。
「感覚がおかしなっとる。」
八郎は苦笑した。
「でも、まだまだですよ。」
「来年になれば、もっとお金を使います。」
父が腕を組む。
「龍造寺やな。」
「はい。」
八郎は地図を広げた。
「年明けには肥前へ向かいます。」
「龍造寺だけなのか。」
「有馬、松浦まで含めるのか。」
「そこまではまだ分かりません。」
「ただ。」
「目標としては五十万石分です。」
広間が静かになる。
「五十万石取るということは。」
「五十万石分の借金を引き受けるということです。」
「だから。」
「取って終わりじゃありません。」
「たぶん一年くらいかけて、また順番に借金を返していくことになります。」
町役人たちも深く頷いた。
「八郎様らしい。」
「戦より、その後を考えておられる。」
八郎は笑う。
「そのためにも。」
「来年は芋ですね。」
二郎が嬉しそうに顔を上げた。
「芋や!」
「はい。」
「栽培も広がってきました。」
「春になれば。」
「各地で芋焼酎も作れます。」
「もちろん値段は調整します。」
「急に安くし過ぎると商売になりませんから。」
帳面役も笑う。
「でも人気は抜群です。」
父も頷く。
「島津にも今頃届いとる頃やろ。」
「はい。」
八郎は嬉しそうだった。
「今年はまだ量が少ないので、大事に扱います。」
「でも来年の春には違います。」
「いろんな土地で芋が採れます。」
「芋焼酎も増えます。」
「交易品としても十分使えるでしょう。」
父が胸を張る。
「わしらの仕事も増えるな。」
「お願いします。」
「まだまだ足りません。」
「もっと植えてください。」
「任しとけ。」
広間には明るい笑い声が響いた。
やがて八郎は帳面を閉じる。
「さて。」
「皆さん。」
「今年一年、本当にありがとうございました。」
「市も増えました。」
「領地も広がりました。」
「借金もたくさん返せました。」
「全部、皆さんのおかげです。」
商家衆も町役人も、一斉に頭を下げる。
「こちらこそ。」
「ありがとうございました。」
八郎も深く頭を下げた。
「来年もよろしくお願いします。」
「龍造寺との戦もあります。」
「忙しい一年になります。」
「でも。」
「またみんなで頑張りましょう。」
温かい拍手が広間に広がる。
しばらくして、八郎が少し照れくさそうに笑った。
「あと。」
「来月で私、五歳になります。」
皆が一斉に八郎を見る。
「だから。」
「借金を完済してる庄屋衆の皆さんは。」
「『明けましておめでとう。』と。」
「『誕生日おめでとう。』を兼ねて。」
「何かくれるかもしれませんね。」
一瞬静まり返り――。
広間は大爆笑になった。
「なんちゅう営業や!」
「自分から催促しとる!」
「商売人やなぁ!」
六郎は腹を抱えて笑う。
「最後の最後まで庄屋の子や。」
五郎も肩を震わせる。
「でも可愛く言われたら、何かやりたなるな。」
庄屋衆の一人も笑顔で頷いた。
「そうですね。」
「八郎様があんな顔で『五歳になります。』なんて言われたら。」
「借金も消していただきましたし。」
「何か持っていかなあかん気になります。」
父が吹き出した。
「見事に商人心理を突いてきよる。」
母も優しく笑う。
「あんた、そういうところは昔から変わらへんな。」
八郎は照れ笑いを浮かべた。
「いやいや。」
「冗談ですよ。」
「半分くらいは。」
「半分かい!」
全員が一斉に突っ込み、館中が笑い声に包まれた。
こうして、飛躍の一年は幕を閉じる。
来たる新しい年には、龍造寺との大戦、さらなる領地拡大、そして新たな商いが待っている。
だがその前に――。
八郎商会の者たちは皆、笑顔で新年を迎える準備を始めていた。




