1534年12月3週目。帳面合わせ。戦の前に島津本家の侍の借金500万文償却と島津の本家分家での炊き出し300万文。
十二月三週目。
薩摩川内の館では、いつもの町面合わせが開かれていた。
庄屋衆、帳面役、兄弟たちに加え、島津本家・分家の取次役、大友の姫君たちも席に着いている。
八郎はいつものように帳面を開くと、にこりと笑った。
「細かい数字は、あとで見ておいてください。」
三郎がすぐに突っ込む。
「毎回それやな。」
「細かい数字の中に、とんでもない話が混ざっとるから怖いんや。」
広間に笑いが起きる。
帳面役が立ち上がり、今週の数字を読み上げた。
「十二月三週目の総利益でございます。」
「飯屋、市、寺社市、話会、焼き芋屋、温泉、交易、そのほか合わせまして――」
「約一千七百五十万文でございます。」
どよめきが広間を包む。
父が腕を組んだ。
「大内へ二千万文出して、龍造寺にも飯を配って、それでもこれだけ残るか。」
母も感心したように頷く。
「よう稼ぐようになったもんや。」
八郎は次の帳面を開いた。
「では、今週のお金の使い道です。」
「まず、島津本家の借金を五百万文返済します。」
その言葉に、島津本家から来ていた連達役の侍が思わず立ち上がった。
「ご、ご、五百万文……。」
「本当でございますか。」
「はい。」
八郎は静かに頷いた。
「来年には龍造寺との戦が始まります。」
「その前に、本家の皆さんの帳面を少しでも軽くしておきたいと思いました。」
連達役は深く頭を下げた。
「ありがたき幸せにございます。」
「これで家中にも胸を張って報告できます。」
「八郎様との同盟が、確かに家中を助けておると。」
春姫も嬉しそうに微笑む。
「父上も喜ばれると思います。」
八郎は続けた。
「そしてもう一つ。」
「年末の炊き出しをやります。」
「島津本家、島津分家、両方です。」
兄弟たちが頷く。
「兄様方には、それぞれ炊き出しのお金を預けています。」
「好きに使ってください。」
「余らせたら駄目です。」
「全部使い切ってください。」
三郎が笑う。
「相変わらず豪快やな。」
「はい。」
「さらに姫君様方にも、お小遣いをお渡しします。」
島津本家、分家の姫君たちが少し驚いた表情になる。
「これは、この一年、たくさん動いてくださったお礼です。」
「好きに使っていただいて構いません。」
帳面役が補足する。
「炊き出し代、姫君方へのお小遣いを合わせまして――」
「三百万文を計上しております。」
今度は広間が一斉にざわついた。
「三百万文……。」
「また大盤振る舞いやな。」
五郎が苦笑する。
八郎は当然のように答えた。
「年末ですから。」
「一年頑張った人が、腹いっぱい食べて、少し酒を飲んで、家族と笑って年を越せた方が
いいでしょう。」
「島津のお侍さん方にも、芋焼酎と米焼酎をしっかり振る舞ってください。」
「餅も団子も魚も、遠慮なく出してください。」
「来年また頑張ってもらうためのお金です。」
島津本家の連達役は思わず声を上げた。
「八郎様は、本当によう分かっておられます。」
「戦は槍だけではございませぬ。」
「腹が減っていては戦えませぬ。」
「家族が笑って送り出してくれるからこそ、侍は安心して槍を持てます。」
分家の取次役も続ける。
「この気前の良さが、皆の士気を上げております。」
「借金を返し、飯を食わせ、酒まで振る舞う。」
「皆、『来年も頑張ろう』という気になります。」
八郎は照れたように頭を掻いた。
「そんな大したことじゃありませんよ。」
「払ったからって、何も残りませんし。」
三郎がすかさず笑う。
「そこがうまいんや。」
「もう払ってから『何も残りません』言うんやもんな。」
「相手は余計ありがたく思うわ。」
五郎も吹き出した。
「ほんま、人の心を掴むのが上手や。」
「いやいや。」
八郎は首を振る。
「皆さんが働いてくれたから、その分を返してるだけです。」
千代姫がくすりと笑う。
「そういう言い方を自然にできるところが、八郎様らしいんですよ。」
春姫も頷いた。
「お金を使うことを惜しまないから、皆さん安心して働けるんでしょうね。」
父がしみじみと言う。
「銭は使うためにある、か。」
「はい。」
八郎は笑顔で答えた。
「使って回って、また稼げばいいんです。」
「人の心だけは、お金では後から買えませんから。」
広間は静かになった。
誰もが、その言葉の重みを感じていた。
やがて二郎が空気を和らげるように笑う。
「しかし、お前もようやるな。」
「四歳児のくせに。」
八郎は少しだけ胸を張る。
「もう来月には五歳児です。」
一郎が即座に返した。
「一か月で急に大人になるわけやない。」
「大して変わらん。」
広間は再び笑いに包まれた。
龍造寺との戦は近い。
それでも八郎は、まず槍ではなく、人の腹と心を満たすことを選ぶ。
それが、八郎商会らしい年の瀬だった。




