1534年3週目。龍造寺への作戦が始まった。兄弟で集まり、島津分家・本家の炊き出しをしてほしいと話す。姫君にお小遣い計100万文、本家分家の炊き出しに各100万文。
龍造寺領では、団子や握り飯を少しずつ配る作戦が始まり、一方で薩摩川内の館では
八郎が兄弟たちを集めて家族会議を開いていた。
「さて。」
八郎は帳面を閉じる。
「龍造寺にはちょこちょこ飯を配ってますけど、こっちはこっちでやることがあります。」
「なんや?」
一郎が尋ねる。
「出陣前の景気づけです。」
兄弟たちが頷く。
「一郎兄様、四郎兄様。」
「はい。」
「島津分家へ行ってください。」
「炊き出しです。」
「おお。」
「二郎兄様。」
「はいよ。」
「島津本家でお願いします。」
「任せとけ。」
「三郎兄様と五郎兄様は、どちらでもええですけど……。」
八郎は少し考える。
「本家の方がええかな。」
「俺までか?」
三郎が苦笑する。
「料理人として喜ばれると思います。」
「それは否定できへんな。」
一同が笑う。
「五郎兄様は、一度遊びに行った姫様がおられるでしょう?」
「ああ。」
「そちらへ顔を出してください。」
「分かった。」
「六郎兄様、七郎兄様。」
「はい。」
「大友の姫様方のお相手をお願いします。」
「え?」
「俺ら?」
「はい。」
七郎が笑う。
「八郎、お前は?」
「私は忙しいです。」
「龍造寺がありますから。」
「逃げたな。」
三郎が笑う。
「いやいや。」
「仕事です。」
「仕事仕事言うて。」
五郎が肩を叩く。
「大友の姫様に睨まれるぞ。」
「兄様方が助けてください。」
「采配はお前次第やな。」
一郎が笑うと、一同も頷いた。
「この分け方でええんちゃうか。」
「揉めへんやろ。」
話がまとまり、八郎は次の帳面を開いた。
「あと、お金です。」
「またか。」
三郎が苦笑する。
「姫様方には島津本家分家合計百万文。」
「お小遣いです。」
「百万文?」
綾姫が驚く。
「そんなにもらってよろしいのですか?」
「今まで動いてくださった手間賃です。」
「自由に使ってください。」
島津本家、分家の姫君たちは顔を見合わせた。
「それと兄様方。」
「はい。」
「島津本家分家それぞれ百万文ずつ預けます。」
「島津本家、分家で好きに使ってください。」
「好きに?」
「ええ。」
「全部使い切ってください。」
「余らせたら?」
「持って帰ってきたら駄目です。」
一同が吹き出す。
「余ったら?」
「その場で炊き出ししてください。」
「酒を振る舞ってください。」
「餅を配ってください。」
「団子でも握り飯でもいいです。」
「芋焼酎も。」
「米焼酎も。」
「全部使い切ってください。」
「豪快やなあ。」
二郎が頭を掻く。
「戦前やぞ。」
「だからです。」
八郎は静かに答えた。
「戦前やからこそです。」
「侍さんも人間です。」
「寒い。」
「家族も心配。」
「冬は仕事も少ない。」
「そんな中で、飯を腹いっぱい食べて、酒を飲んで、家族と笑って、『よし、頑張ろう』と
思えるなら、その方がええでしょう。」
三郎が腕を組む。
「確かにな。」
「腹が減ってる軍より。」
「腹いっぱい食った軍の方が強い。」
「はい。」
「それに、今来てもらってる島津本家のお侍さん方には、うちの兵を鍛えていただいてます。」
「その恩返しもあります。」
「なるほど。」
一郎が頷く。
「分家も同じです。」
「冬場は鳥獣狩りも少ない。」
「仕事が少ない時期です。」
「だったら、酒飲んで笑って、また春から働いてもらった方がええ。」
「戦の前に心を整えるわけやな。」
「はい。」
八郎は笑った。
「これも兵站です。」
「兵站?」
「兵糧だけじゃありません。」
「心も兵站です。」
「家族も兵站です。」
「『また来年も飲みたいな。』」
「そう思える軍は強いです。」
兄弟たちは思わず顔を見合わせた。
「四歳児の言うことやないな。」
「ほんまや。」
綾姫がくすりと笑う。
「でも、素敵な考えです。」
春姫も頷く。
「侍も、家族が笑って送り出してくれる方が力が出ますもの。」
「その通りです。」
八郎は笑顔で帳面を閉じた。
「だから今回は遠慮なく使ってください。」
「金はまた稼げます。」
「でも、人の心は、今しか買えません。」
館の中は静まり返った。
しばらくして、一郎がぽつりと言う。
「……相変わらず大盤振る舞いやな。」
「いや。」
八郎は首を横に振った。
「これは安い投資ですよ。」
「戦になって、百人助かるなら。」
「その方が、何倍も得です。」
兄弟たちは顔を見合わせ、苦笑しながらも深く頷いた。
出陣の日は近い。
しかし八郎がまず整えようとしていたのは、槍でも刀でもなく――戦う者たちの腹と心だった。




