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1534年12月2週目。龍造寺領へ施した300万文が龍造寺の軍に取り上げられて機嫌が悪い兄上達に真意を話す八郎。恐ろしい子www

十二月二週目。

龍造寺領へ入れた年越しの施しが、かなりの村で取り上げられた。

その報せを受け、三郎と五郎は険しい顔で八郎のもとへ来た。

「八郎」

「米も味噌も、かなり持っていかれたらしいぞ」

「龍造寺の侍が軍の備えや言うて、村から回収してる」

八郎は帳面から顔を上げた。

「そうですか」

「まあ、そういうこともあるでしょう」

三郎が目を剥いた。

「いや、全然よくないやろ」

「三百万文やぞ」

五郎も苦い顔をした。

「村に届いた分を、龍造寺方が取り上げたんや」

「施しが無駄になったように見える」

八郎は首を振った。

「無駄ではありません」

「一番嫌だったのは、村へ届く前に全部押さえられることです」

三郎が眉を寄せる。

「届いてから取られた方がええんか」

「はい」

八郎は平然と答えた。

「村人は、一度受け取りました」

「米を見ました」

「味噌を見ました」

「団子を楽しみにしました」

「年を越せるかもしれないと思いました」

五郎が静かに言った。

「希望が入った、ということか」

「はい」

八郎は頷いた。

「配った時点で、半分は勝ちです」

「八郎商会が飯を持ってきた、と覚えます」

「そのあと龍造寺が持っていけば、今度は龍造寺への恨みが残ります」

「八郎はくれた」

「龍造寺は取った」

「村人から見れば、それだけです」

三郎がじっと八郎を見る。

「お前、最初からそこまで読んでたんか」

八郎は少し考えた。

「取られないのが一番です」

「でも、取られても意味は残ります」

「だからよいのです」

三郎は頭を抱えた。

「飯を配っても、奪われても勝ち言うんか」

「はい」

「性格悪いな」

「善意です」

「その顔で言うな」

八郎は次の帳面を開いた。

「ただ、同じやり方を続ける必要はありません」

「次からは、大きな米俵や味噌樽ではなく、その場で食べられるものにします」

五郎が顔を上げる。

「握り飯か」

「はい」

「団子、握り飯、温かい汁」

「一度に大量ではなく、十万文相当くらいを小分けにして入れます」

「今日はこの寺」

「数日後は別の神社」

「次は市の外れ」

「行ったり行かなかったりします」

三郎が苦笑する。

「五月雨式に撒くわけやな」

「はい」

「捕まらなければよいです」

「捕まりそうなら、荷を置いて逃げてください」

「荷を置いて逃げるんか」

「飯は村人が食べます」

「龍造寺兵が取っても、兵が食べます」

「どちらでも腹は満ちます」

五郎が呆れたように笑う。

「そのうえ、追いかければ龍造寺側が飯を配る商人を追い回した、という話が残る」

「そうです」

八郎は真面目だった。

「村人にこちらへ来いとは言いません」

「兵になれとも言いません」

「家にいてください、と言うだけです」

「戦になっても、城へ集まらない」

「農民兵として出ない」

「米を売るなら三倍で買います」

「それだけで、向こうの兵は減ります」

三郎は腕を組んだ。

「一月、二月も続ける気か」

「はい」

八郎は地図を広げた。

「一月、二月になれば、今肥後でしごき上げてもらっている兵も動かせます」

「島津本家の侍衆」

「島津分家の侍衆」

「肥後、薩摩川内の八郎軍」

「その一部を、施しの護衛へ回します」

五郎が地図を見た。

「護衛いうても、もう戦の準備やな」

「はい」

「まだ攻めません」

「ただ、飯を届ける者を守ります」

「龍造寺兵が出てきても、簡単には追い払えないようにします」

「それで境目の村へ、少しずつ八郎領のやり方を染み込ませます」

三郎が低く言った。

「どのくらい兵を出す」

八郎は指を折った。

「島津本家から三千」

「島津分家から二千」

「合わせて正規兵五千をお願いしたいです」

「そこに八郎軍を加えます」

「すぐに全員を国境へ並べるわけではありません」

「訓練が終わった者から順繰りです」

五郎が息を吐いた。

「本家三千、分家二千」

「いよいよ龍造寺攻めの形が見えるな」

「はい」

八郎は頷いた。

「本家には前線の強さをお願いします」

「分家には、日向と大隅の兵を立て直していただいた経験があります」

「どちらにも花を持っていただきます」

「ただし、最初から城へ突っ込みません」

三郎が少し笑った。

「また城より先に飯か」

「はい」

「十二月は施し」

「一月は小分けの飯と米買い」

「二月は護衛付きで境目へ入る」

「その間に、龍造寺傘下の国人衆、寺、商家衆の借金を調べます」

「三月以降、降る者には条件を出します」

「順繰りです」

五郎が地図を指した。

「農民兵を出させず、国人衆を揺らし、商人をこちらへ寄せる」

「その後で兵を出す」

「そうです」

「籠城されても、城へ米が入りにくくなります」

「正面で戦っても、集まる農民兵が減ります」

「城の外に、こちらへ敵意のない村が増えます」

「だから、無理に攻める必要がありません」

三郎はしばらく黙っていた。

それから、ぽつりと言った。

「三百万文の飯が取られた話から、島津五千の話まで行くんか」

八郎は首を傾げた。

「全部つながっています」

「出た」

三郎と五郎が同時に言った。

八郎は気にせず、帳面に書き込んだ。

歳末施行、三百万文相当。

次回以降、小口施行、一回十万文前後。

握り飯。

団子。

味噌汁。

米の三倍買い。

護衛兵の準備。

島津本家三千。

島津分家二千。

その文字を見て、五郎が静かに息を吐いた。

「もう戦は始まってるな」

八郎は頷いた。

「はい」

「ただし、槍ではなく飯からです」

「龍造寺領へ何度も飯を入れます」

「取られても、食べられても構いません」

「農民の腹と心に、こちらの存在を残します」

三郎が苦笑する。

「じゅんぐりじゅんぐり、染み込ませるわけやな」

「はい」

八郎は幼い顔で、静かに笑った。

「城を取る前に、城の外をこちらへ寄せます」

冬の肥前へ、次の荷が向かう準備を始めていた。

大きな米俵ではない。

その場で食べられる握り飯と団子。

奪われる前に腹へ入る、小さな施し。

龍造寺との戦は、まだ始まっていない。

だが、村々の囲炉裏端では、すでに八郎の飯の話が消えずに残っていた。

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