1534年12月2週目。八郎が隣接する庄屋衆や神社やお寺に300万文分の年末の施しという毒をまく。一方龍造寺はそれを没収しにいくwww
十二月二週目。
冬の冷たい風が吹く頃。
肥後で新たに八郎領へ加わった国人衆の城下から、一団の荷駄隊が静かに動き始めた。
荷馬には米俵が積まれている。
味噌樽。
塩。
干物。
団子の粉。
餅米。
薪。
そして、小さな袋に分けられた銭。
派手な旗は立てない。
八郎商会の紋も大きくは掲げない。
寺社への寄進。
年越しの施し。
その名目で、肥後と肥前の境目にある龍造寺方の村々へ向かっていった。
寺の住職は驚いた。
「これは……。」
荷を運んできた八郎商会の番頭が、深く頭を下げる。
「八郎様よりでございます。」
「今年も寒うございます。」
「年越しぐらい、腹いっぱい食べていただければと。」
住職は戸惑った。
「しかし、ここは龍造寺様のお領分で……。」
番頭は穏やかに笑う。
「承知しております。」
「だからこそ、おすそ分けでございます。」
「八郎領では借金も順繰り減ってきております。」
「今年は少し余裕ができましたので。」
「よろしければ、村の皆様へ。」
住職は何度も頭を下げた。
「ありがたい……。」
「本当にありがたい。」
別の村では、庄屋が荷を見て目を丸くしていた。
「米まで……。」
「味噌まで……。」
「銭まで入っとる。」
番頭は帳面を見せながら説明する。
「全部で三百万文ほどを順繰り配ります。」
「一つの村に大量ではありません。」
「困らない程度に。」
「年を越せる程度に。」
庄屋は深く息を吐いた。
「正直、助かります。」
「今年はあまり余裕がなくて……。」
番頭は笑って頷いた。
「それなら良かった。」
荷を降ろし終えた頃、番頭は一つだけ言葉を添えた。
「もう一つ。」
庄屋が顔を上げる。
「近々、龍造寺様と八郎領が揉めるかもしれません。」
庄屋の表情が固くなる。
番頭は慌てるように首を振った。
「いえ。」
「戦えと言う話ではありません。」
「むしろ逆です。」
「村を荒らすつもりもありません。」
「町を焼くつもりもありません。」
「ただ、もし何かあれば。」
「村の皆様は、なるべく村にいてください。」
「城へ逃げ込もうとしたり、戦へ出たりせず。」
「家にいてくだされば。」
「我らも何もしません。」
庄屋は少し安心したような顔になる。
「そうなんですか。」
番頭はさらに言った。
「それと。」
「もし米を売りたくなれば。」
「八郎商会は三倍の値で買い取ります。」
「戦で困る前に売っていただいても結構です。」
「必要な時はいつでも。」
庄屋は驚いた。
「三倍……。」
「覚えておきます。」
番頭は最後に一礼した。
「年越しが穏やかでありますように。」
そう言って荷駄隊は次の村へ向かっていった。
同じようなことが、寺で。
神社で。
庄屋屋敷で。
静かに繰り返されていく。
誰も「八郎領へ来い」とは言わない。
誰も「龍造寺を裏切れ」とは言わない。
ただ飯を置き、年越しを願って帰るだけだった。
しかし、その動きはすぐに龍造寺の耳へ入った。
「何だと。」
「八郎商会が村々を回っている?」
館では侍たちが顔をしかめる。
「勝手に我らの領分へ入り込み、施しをしているそうです。」
「寺や神社、庄屋へ米や味噌を。」
家老が机を叩いた。
「放っておけば民心が離れる。」
「敵の調略だ。」
「全部押さえろ。」
その日のうちに、龍造寺の侍たちが各村へ走った。
「寺を開けろ!」
「庄屋を呼べ!」
住職が震えながら出てくる。
「何事でございましょう。」
侍は米俵を指差した。
「八郎から受け取った荷だな。」
「は、はい。」
「全部出せ。」
「敵から施しを受けるとは何事だ。」
住職は慌てて頭を下げる。
「いや、これは年越しの……。」
「黙れ。」
「軍の備えに回す。」
「敵の米を村へ置いておくわけにはいかん。」
庄屋も同じだった。
味噌樽。
米俵。
干物。
餅米。
銭袋。
次々と没収されていく。
ある村では、村人たちが必死に蔵へ隠した。
「これはうちの米や!」
「八郎様からもろた分や!」
侍が怒鳴る。
「敵の荷を隠すか!」
別の村では、寺の床下へ銭を隠した。
神社では団子の粉を分けて子どもたちへ配ってしまう者もいた。
だが、多くは見つかった。
「全部持っていけ。」
「軍のためだ。」
荷車へ積まれていく米を見送りながら、一人の老婆が呟いた。
「せっかく八郎様が送ってくれたのに……。」
隣の男も悔しそうに歯を食いしばる。
「食べ物まで持っていくんか。」
「年越しぐらい腹いっぱい食わせてくれてもええやないか。」
若い母親は、小さな子どもを抱きながら涙ぐんだ。
「団子、楽しみにしてたのに。」
侍たちは命令だからと荷を運ぶ。
農民たちは黙って見送るしかない。
誰も声を上げない。
だが、その胸の奥には、小さなわだかまりが残った。
「八郎は飯を持ってきた。」
「龍造寺は、その飯を持っていった。」
それだけは、村人たち全員が見ていた。
そして冬の風は、その噂を静かに村から村へ運んでいく。
「八郎様は、年越しの飯をくれた。」
「龍造寺様は、それを軍のためだと言って全部持っていった。」
その話は、誰が広めたわけでもない。
囲炉裏端で。
井戸端で。
畑へ向かう道で。
少しずつ、少しずつ広がっていった。
龍造寺は軍備を整えるために動いた。
八郎は年越しの飯を配った。
同じ冬の出来事でありながら、その違いは、農民たちの心に静かに刻まれていくのだった。




