1534年12月1週目。龍造寺の動き。有馬、松浦との不可侵は取り付けたが大内との話はなかなか腰が重い上に八郎側の条件と比較され苦しいwww
十二月一週目。
肥前では、龍造寺から出された書状が、まず有馬と松浦に届いていた。
内容は、難しいものではない。
八郎・島津の勢いはすでに肥後を飲み込み、龍造寺と境を接するところまで来ている。
龍造寺が抜かれれば、次は有馬、松浦である。
ゆえに、まずは互いに争うことを控え、情報を通じ合いたい。
兵を出せとは、まだ言わない。
ただ、同じ肥前の課題として、八郎への備えを共有したい。
そういう文であった。
有馬の館でも、松浦の館でも、反応は似ていた。
「龍造寺が肥前の頭になるのは面白くない」
「だが、八郎軍が龍造寺を取れば、次はこちらだ」
「島津まで後ろにいる」
「正面から争うには、少し大きくなりすぎた」
松浦の者は、海の地図を見ながら言った。
「港を押さえられたら、こちらの商いにも関わる」
有馬の者は、島原筋の国人衆を思い浮かべていた。
「借金を消すという噂が厄介だ」
「民がそちらを向く」
結局、どちらもすぐに兵を出すとは言わなかった。
だが、不可侵と情報交換。
まずはそこから始める。
そういう返事が、龍造寺へ戻ることになった。
龍造寺家中は、その報せに少し胸を撫で下ろした。
「まあ、そこは乗るわな」
「有馬も松浦も、こちらが飲まれれば次は自分たちだと分かっている」
「問題は大内だ」
皆の視線が、北へ向かった。
同じ頃、龍造寺の使者は、大内の館に通されていた。
大内の広間は、肥前の館とは空気が違った。
静かで、広く、重い。
そこに座る大内の重臣たちは、龍造寺の使者を慌てて迎えるようなそぶりを見せなかった。
使者は深く頭を下げ、書状を差し出した。
「八郎・島津の勢いは、すでに肥後を飲み込み、肥前へ迫っております」
「龍造寺だけの危機ではございません」
「八郎が肥前を取れば、次は大内様の九州の道にも関わりましょう」
「つきましては、対八郎について、情報を交わし、話し合う場をいただきたく」
重臣の一人が、静かに尋ねた。
「それは、龍造寺が大内に従属するという話か」
使者は一瞬言葉を詰まらせた。
「いえ」
「従属というところまでは、まだ」
「まずは情報交換と、八郎の脅威について」
別の重臣が目を細める。
「旗を貸してほしい、という話か」
使者は汗をにじませながら答えた。
「大内様の御威光があれば、肥前の国人衆もまとまりましょう」
「八郎も軽々しく兵を進められぬかと」
「では、その見返りは何だ」
広間が静かになった。
使者は慎重に言った。
「見返りと申しましょうか」
「まずは、共通の脅威について」
「情報交換から」
重臣は小さく笑った。
「情報交換だけで、大内の旗を動かせと申すか」
使者は慌てて顔を伏せた。
「八郎が肥前を取れば、次は大内様でございます」
「そこをお考えいただきたく」
「それは正論だ」
上座に近い者が、初めて口を開いた。
声は穏やかだったが、重かった。
「八郎が大きくなれば、いずれ厄介になる」
「それは分かる」
「だが、正論だけで兵は動かぬ」
使者は黙った。
その男は続けた。
「我らの本拠は山口である」
「中国筋を見ねばならぬ」
「天子様への顔もあり、本州で大軍を動かすことはある」
「だが、九州で龍造寺のために大軍を動かすのは別の話だ」
「筑前、豊前の兵を出せば、一万、あるいは一万五千は出よう」
「だが、それを龍造寺のために丸々出す利は何か」
使者は、なんとか言葉を探した。
「八郎の脅威が、大内様の喉元へかからぬことでございます」
「ならば、それ相応のものを出せ」
重臣の一人が指を折った。
「人質」
「年貢の何割か」
「領地の一部」
「城の一つ、二つ」
「肥前の港税」
「博多商人の優遇」
「大内が出兵する時の軍役」
「従属とは、言葉ではない」
使者の顔が青くなった。
「それは」
「飲めぬか」
使者は答えられなかった。
上座の男は、淡々と言った。
「こちらも八郎から文を受けている」
使者が顔を上げた。
「八郎から、でございますか」
「うむ」
「博多筋との交易を太くしたい」
「龍造寺との戦では、大内に中立を保ってほしい」
「大内と争う意はない」
「その礼として、二千万文相当」
「手付もすでに届いておる」
広間の空気が変わった。
使者は、言葉を失った。
重臣はさらに続ける。
「八郎は、こちらに兵を出せとは言わぬ」
「中立でいてくれ、と言う」
「その上で銭と荷と交易を差し出す」
「一方、龍造寺は紙一枚で大内の旗を借りようとしておる」
「どちらが飲みやすい話か、考えずとも分かる」
使者は必死に食い下がった。
「しかし、八郎を放置すれば、九州を制するやもしれませぬ」
「それも分かる」
「だが、龍造寺が何も差し出さず、大内に八郎と敵対せよというのは虫が良い」
言葉は柔らかい。
だが刃のようだった。
「有馬、松浦にも書状を出しておろう」
使者はまた息を呑む。
「おそらく、よくて不可侵と情報交換だ」
「兵を出すところまでは行くまい」
「その上で、大内を動かせれば、対八郎で形が作れる」
「そなたらがそう考えていることも分かる」
「だが、我らは龍造寺の都合だけで動く家ではない」
使者は深く頭を下げるしかなかった。
「一度、持ち帰り、主と相談いたします」
「そうせよ」
上座の男は静かに言った。
「従属するなら、条件を持ってこい」
「従属しないなら、こちらが兵を出す利を持ってこい」
「情報交換だけでは足りぬ」
使者は、足取り重く広間を下がった。
外へ出ると、冷たい風が吹いていた。
有馬と松浦は、まだ話になる。
だが大内は違う。
旗を借りるには、あまりに高い。
龍造寺の使者は、馬に乗りながら思った。
これは、一筋縄ではいかない。
八郎の帳面は、すでに龍造寺の先を走っているのかもしれなかった。




