1534年11月4週目。龍造寺の動きを察して大友に文と2000万文を現物込みで送り博多の交易と龍造寺との戦の際の中立をお願いする。
十一月四週目。
肥後の残りの国人衆が下った翌々日、八郎は五郎と帳面役、三郎を呼んだ。
場所は本拠の小部屋である。
机の上には、肥前、大内、博多筋の地図が広げられていた。
三郎は地図を見て、すぐに顔をしかめた。
「また嫌な地図出してきたな」
八郎は頷いた。
「嫌な話です」
「肥後の国人衆がこちらへ下りました」
「そうなると、龍造寺は必ず動きます」
五郎が静かに言う。
「有馬、松浦、大内あたりですね」
「はい」
八郎は地図の西を指した。
「松浦、有馬とは、反八郎で話を合わせようとするでしょう」
「兵を出せとまでは言わなくても、不可侵や情報交換は求めるはずです」
「そして大内にも文を出します」
「対八郎で相談したい、と」
帳面役が頭を下げた。
「探らせておりましたところ、やはり龍造寺より西肥前と北へ使者が出ております」
「中身までは分かりませぬが、有馬、松浦、大内に向かったものと見てよろしいかと」
三郎が舌打ちした。
「案の定やな」
「はい」
八郎は落ち着いていた。
「ですので、こちらも大内へ文を出します」
五郎が筆を取る。
「内容は」
「二千万文相当」
その場が一瞬静まった。
三郎が目を見開く。
「いきなり重いわ」
八郎は首を振る。
「全部を銭では出しません」
「銭だけで二千万文を出すと、こちらが儲かりすぎていると見えます」
「いやらしいです」
三郎が呆れた。
「二千万文相当の時点で十分いやらしいわ」
「五千万文よりはましです」
「比較がおかしい」
五郎は苦笑しながらも、筆を走らせた。
八郎は続ける。
「手付として、三百万文相当を使者に持たせます」
「銭、米、硫黄、芋焼酎、干物、砂糖、薬種」
「大内が受け取りやすい形にします」
「残りは、博多筋の交易が太くなった時、また龍造寺攻めの間に中立を守っていただいた時に、
順繰り支払う形です」
三郎が腕を組む。
「つまり、賄賂やな」
「礼金と交易前金です」
「言い方変えただけやんけ」
八郎は真面目に言った。
「大内とは戦う気がありません」
「こちらが欲しいのは、龍造寺を攻める間、大内が中立でいることです」
「大内の旗を龍造寺に貸さない」
「大内の兵を肥前へ入れない」
「博多筋の商いを邪魔しない」
「それで十分です」
五郎が頷く。
「文には、博多筋との交易を太くしたい旨も入れますね」
「はい」
「八郎商会は、博多の商人と争う気はありません」
「むしろ、硫黄、芋焼酎、干物、味噌玉、砂糖、薬種、布、陶磁器、そういう荷を通じて、
商いを太くしたい」
「そのための挨拶も兼ねます」
帳面役が少し不安そうに言った。
「大内は乗りましょうか」
八郎は少し考えた。
「龍造寺が本気で従属し、多くのものを差し出すなら、大内は龍造寺に乗るかもしれません」
「人質」
「城」
「港の権益」
「年貢の何割か」
「博多商人の優遇」
「そこまで出すなら、大内も動く価値があります」
三郎が言った。
「龍造寺は出すんか」
「出さないでしょう」
八郎は即答した。
「龍造寺は、従属したいわけではありません」
「八郎を止めるために、大内を使いたいだけです」
「反八郎の相談だけでは、大内は多分乗りません」
五郎が地図の北を指した。
「大内の本拠は山口です」
「中国筋を見なければならない」
「九州で大軍を出すのは重い」
八郎は頷いた。
「はい」
「筑前、豊前の八十万石筋で兵は出せるでしょう」
「出せても一万、多くて一万五千」
「でも、その一万五千を丸々龍造寺のために出すとは思えません」
「博多が脅かされるなら別です」
「大内の九州の足場に火がつくなら別です」
「でも、龍造寺を守るために八郎と正面から敵対するには、見返りが薄い」
三郎は地図をじっと見た。
「こっちは二千万文相当を出す」
「龍造寺は紙一枚で助けてくれ、か」
八郎は頷いた。
「そう見えるはずです」
「大内から見れば、役者が違います」
「こちらは、龍造寺を攻める前に、大内の中立を買いに行きます」
「龍造寺は、大内を動かす条件を渋ります」
「どちらが飲みやすいかは、分かりやすいです」
五郎が少し笑った。
「兵を止める銭は、兵を出す銭より安い」
「その通りです」
三郎はため息をついた。
「二千万文が安い言うな」
「うちの一週間分の収益に、少し足したくらいです」
八郎は平然と言った。
三郎は頭を抱えた。
「それを外で言うなよ」
「言いません」
「だから現物込みです」
「二千万文相当という形にします」
帳面役が文案を読み上げた。
「八郎商会は、大内家と争う意はございません」
「博多筋との交易を太くし、互いの商いを利することを望みます」
「近く肥前、龍造寺との間で兵を動かす可能性がございます」
「その折、大内家におかれましては中立を保っていただければ、二千万文相当の礼をもって応じます」
「手付として三百万文相当を先にお届けいたします」
「大内家の顔を損なう意はなく、博多筋の商人とも争わず、荷の道を広げることを望みます」
五郎が頷いた。
「柔らかいですね」
三郎が言った。
「柔らかいけど、やってることはえげつないな」
八郎は首を傾げる。
「龍造寺に大内の兵が付く方が、もっとえげつないです」
「それはそうやけどな」
八郎は地図の肥前を見つめた。
「龍造寺を攻める前に、龍造寺の後ろを軽くします」
「有馬、松浦は不可侵くらいでしょう」
「大内は、重い条件を龍造寺に出すはずです」
「龍造寺が飲めなければ、大内は中立へ寄ります」
「こちらは、その背中を少し押すだけです」
五郎が筆を止めた。
「手付三百万文相当、すぐに用意します」
「お願いします」
三郎は立ち上がりながら、ぼそりと言った。
「とうとう敵の味方まで帳面で止めるんか」
八郎は真面目に頷いた。
「はい」
「戦は、槍が当たる前に始まっています」
その日、八郎の使者は北へ向かう準備を始めた。
龍造寺が助けを求めて走る道へ、八郎は銭と荷と文を先に走らせる。
肥前の戦は、まだ始まっていない。
だが、帳面の上では、すでに龍造寺の背後が削られ始めていた。




