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1534年11月4週目。帳面合わせ。島津分家本家に先に話した温泉の費用1200万文計上。衣食住の先を模索

十一月四週目。

本拠の広間では、いつもの帳面合わせが開かれていた。

八郎、父、母、兄たち、帳面役、庄屋衆。

大友の姫君たちも、すっかり慣れた様子で少し離れた席に座っている。

八郎は帳面の束を前に、いつものように言った。

「大きいところは、後で見ておいてください」

三郎がすぐに顔をしかめた。

「また後で見ろ、か」

五郎も苦笑する。

「それを言う時は、だいたい大きい銭が動く」

帳面役が一礼し、読み上げた。

「十一月四週目」

「飯屋、市、湯浴み、高級湯浴み、寺社市、焼き芋屋、話会、交易、仕入れ差益、その他諸々」

「総合利益は、一千六百四十五万文でございます」

広間に、低いどよめきが広がった。

父が静かに頷く。

「相変わらず大きい」

母は少し呆れたように言った。

「聞き慣れてきたのが怖いわ」

八郎は、すぐに別の帳面を出した。

「では、その中から温泉整備第一期費用を計上します」

「一千二百万文です」

三郎が茶を置いた。

「ほら来た」

「小さく始める言うてたやつやな」

「はい」

八郎は真面目に頷いた。

「島津本家、分家の姫君様方にも、先にお話ししました」

「三か所ほど、湯治場を作ります」

「一つ目は、薩摩川内です」

「ここは本拠地ですので、温泉運営の練習も兼ねます」

「湯に入って、飯を食べて、少し休む」

「湯治小屋、飯場、寝所、番所、帳面所を小さくまとめます」

五郎が補足する。

「本拠近くなら、失敗しても直しやすいですからね」

八郎は次を指した。

「二つ目は、指宿です」

「砂むし湯です」

「砂に埋まって温まり、汗を出して、湯に入り、飯を食べます」

三郎が眉を寄せる。

「何回聞いても、埋められて銭払うのが不思議や」

八郎は真顔だった。

「気持ちよければ払います」

「珍しさもあります」

「姫君様方や商人、侍、年寄りにも向きます」

大友の姫君が小さく笑った。

「私も、一度見てみたいです」

八郎は頷き、三つ目を示した。

「三つ目は、霧島、大隅寄りの湯です」

「ここは侍衆の傷や疲れを癒やす場所にします」

「島津本家、分家の侍衆」

「八郎軍」

「日向、大隅の兵」

「旅人や商人」

「そういう人たちが、湯に入り、飯を食べ、少し体を戻す場所です」

四郎が静かに言った。

「湯治場であり、軍の休ませ場でもありますね」

「はい」

八郎は頷いた。

「特に冬場は、訓練もあります」

「しごかれた兵、怪我をした者、疲れた侍が、湯に入って戻れる場所があるのは大きいです」

父が帳面を見た。

「三か所で、一千二百万文か」

「はい」

「直接雇用は、三か所合わせて百五十人ほど見ています」

「湯守、掃除、飯炊き、茶屋、布団干し、洗濯、番人、薪運び、荷駄、帳面役」

「さらに周辺に店が出ます」

「飯、酒、甘味、土産、桶、竹細工、薪、薬草、洗濯」

「周辺仕事まで含めると、その倍ほどは人が動きます」

母が頷いた。

「冬場に仕事ができるのはええね」

「はい」

「温泉だけでなく、現地雇用も目的です」

「週の利益は、三か所合わせて一旦三十万文で見ます」

「湯銭だけではありません」

「飯、酒、布団、休憩、洗濯、土産まで含めます」

「できたところから順に始めます」

「十二月から少しずつ動かします」

三郎が腕を組んだ。

「一千二百万文かけて、週三十万文」

「回収に四十週ぐらいか」

五郎がすぐに言う。

「でも雇用と兵の療養が乗る」

「それに、人が行き来する場所になる」

八郎は頷いた。

「そうです」

「八郎領、島津本家、島津分家の人が行き来できれば、栄えます」

「同盟は、戦の時だけではありません」

「湯に入り、飯を食べ、酒を飲み、土産を買い、話をする」

「そういう行き来が増えると、土地の境目が少し柔らかくなります」

大友の姫君が興味深そうに言った。

「湯で人を結ぶのですね」

八郎は真面目に答えた。

「はい」

「湯は人を止めます」

「人が止まれば、銭と話が落ちます」

三郎がぼそりと言う。

「とうとう湯まで国の道具になったな」

広間に笑いが起こった。

その笑いが収まった頃、父が静かに言った。

「衣食住が、少し足りてきたということやな」

八郎は少し考え、それから首を横に振った。

「まだ全部ではありません」

「城の借金は、鬼ほど残っています」

「農民の借金も、武士の借金も、土地によってはまだまだです」

「ただ、今ある百十万石近い同盟圏のうち、借金整理がかなり進んだ土地が十万石ほど出てきました」

「そこでは、暮らしに少し余裕が出ています」

「その人たちが、次に何を求めるかを考える段階には来ています」

四郎が頷いた。

「借金が消えた先の暮らしですね」

「はい」

「目標は、今ある領土の城の借金、農民の借金、武士の借金を順繰り消すことです」

「でも、消した後に何もなければ、人はまた迷います」

「だから、こういう暮らしがありますよ、と見せたいのです」

「湯に入れる」

「飯を食べられる」

「布団で休める」

「話会に行ける」

「少し遠出もできる」

「そういう姿を、周りの土地にも見せます」

母が八郎を見た。

「全部満たされた後、何するんやろな、ってことか」

八郎は頷いた。

「はい」

「私も、貧乏から這い上がった身です」

「腹が減らないこと、借金がないこと、眠れること」

「そこまでは分かります」

「その先は、私も模索中です」

「でも、何もしないより、いろいろやってみます」

三郎が笑った。

「模索で一千二百万文使うな」

八郎は胸を張った。

「順繰りやります」

五郎がすぐに返す。

「順繰りやらんと、持たへんからな」

広間にまた笑いが広がった。

帳面役が、温泉整備第一期費用の欄へ筆を入れる。

一千二百万文。

三か所の湯治場。

週三十万文の見込み。

百五十人の直接雇用。

その倍の周辺仕事。

それはただの娯楽ではなかった。

借金が消えた土地の、その先を探すための帳面だった。

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