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1534年11月3週目。衣食住が満ちた後、何を求めるか。とりあえず温泉を3か所稼働させてみよう。初期費用1200万文

十一月三週目。

八郎は、島津本家と島津分家の姫君たちに声をかけ、小さな茶の席を設けた。

場所は本拠の館である。

千代姫、春姫、綾姫。

そして島津本家の姫君たちも顔をそろえていた。

もちろん、その隣には旦那である一郎、二郎、四郎もいる。

三郎と五郎は、少し離れたところで茶菓子をつまみながら様子を見ていた。

八郎がこういう席をわざわざ作る時は、だいたい何かある。

一郎が先に言った。

「で、今日は何の帳面や」

八郎は真面目に首を振った。

「まだ帳面ではありません」

三郎が即座に突っ込む。

「まだ、って言うたな」

八郎は気にせず続けた。

「借金を順繰り返していく中で、民の暮らしが少し変わってきました」

「飯を食べる」

「湯に入る」

「布団を買う」

「市で少し良いものを買う」

「そういうところまで来ると、次に娯楽を求め始めます」

春姫が頷いた。

「話会も、その一つですね」

「はい」

八郎は頷く。

「ただ、話会だけではありません」

「温泉に行く、というのもよいのではないかと思っています」

姫君たちの顔が、少し明るくなった。

「温泉、でございますか」

「はい」

八郎は三つの場所を示した。

「まず一つ目は、薩摩川内の近くです」

「ここは本拠地なので、練習も兼ねます」

「ゆっくり湯に入り、飯を食べ、休む」

「宿というほど立派ではありませんが、湯治小屋と飯場と寝所を合わせたものを作ります」

五郎が頷いた。

「近いところで試せば、揉め事があっても直しやすいですからね」

八郎は次の場所を指した。

「二つ目は、指宿です」

「砂風呂という、なにやら素敵なものがあると聞いています」

三郎が眉をひそめた。

「砂に埋まるやつか」

「はい」

「埋まって、温まって、汗をかいて、湯に入り、飯を食べます」

「療養にもなりますし、珍しさがあります」

千代姫が少し笑った。

「それは一度見てみたいですね」

「私もです」

綾姫も頷いた。

八郎は三つ目を指した。

「三つ目は、霧島から大隅寄りの湯です」

「ここは道中にもなりますし、島津の侍衆や八郎軍の療養にも使えます」

「しごかれた兵、怪我をした者、年寄り、商人、旅人」

「そういう者が湯に入り、飯を食べ、少し休める場所にします」

二郎が腕を組んだ。

「温泉を、湯だけでなく宿と飯場にするわけか」

「はい」

「湯は人を止めます」

「人が止まれば、飯が売れます」

「酒が売れます」

「布団が動きます」

「洗濯の仕事ができます」

「荷を預かれます」

「噂も集まります」

三郎が呆れたように言う。

「とうとう湯まで帳面に載せよった」

「まだ載せていません」

八郎は真面目に答えた。

「次の帳面合わせで載せます」

五郎が笑った。

「載せるんやないか」

姫君たちもくすくす笑った。

八郎は、用意していた見積もりを広げた。

「第一期として、三か所を小さく始めます」

「薩摩川内の実験湯」

「指宿の砂むし湯」

「霧島・大隅境の侍療養湯」

「見積もりは、一千二百万文です」

一郎が目を丸くした。

「小さく始める言うて、一千二百万文か」

三郎も苦笑する。

「八郎の小さいは信用ならん」

八郎は胸を張った。

「でも、島津本家の教練費や日向大隅の教練費に比べれば小さいです」

「直接雇用は、三か所で百五十人ほど見ています」

「湯守、掃除、飯炊き、茶屋、布団干し、洗濯、番人、薪運び、帳面役」

「周りに店が出れば、その倍近い人数に仕事が落ちます」

「冬場の仕事になります」

春姫が静かに言った。

「冬に仕事があるのは、大きいですね」

千代姫も頷く。

「侍衆だけでなく、村の者にも銭が回ります」

「はい」

八郎は続けた。

「週の利益は、三か所合わせて三十万文ほどを見ます」

「ただし、湯銭だけではありません」

「飯、酒、布団、休憩、洗濯、土産、薬湯まで含めてです」

「計上は十一月四週目」

「立ち上げは十二月から、出来たところから順次始めます」

綾姫が柔らかく笑った。

「素敵な考えだと思います」

「民が少し余裕を持てるようになったから、休む場所を作る」

「それは、ただの商いではありませんね」

八郎は少し照れたように頷いた。

「もちろん、商いでもあります」

三郎が言った。

「そこは否定せんのやな」

島津本家の姫君の一人が、少し身を乗り出した。

「でも、もう少し綺麗なものも作ってくだされば、私たちも行きますよ」

そう言って、夫たちの方を見る。

一郎、二郎、四郎が、そろって少し固まった。

千代姫が楽しそうに続ける。

「湯に入って、茶を飲んで、甘いものを食べて、少し休む」

「そういう場所なら、姫君たちも喜びます」

春姫も二郎をちらりと見た。

「二郎様にも案内していただきたいです」

二郎は耳まで赤くした。

「それは、まあ、相談してからやな」

綾姫は四郎を見た。

「四郎様も、ご一緒してくださいますね」

四郎は真面目に答えようとして、三郎に先に笑われた。

「逃げ道ないな」

四郎は咳払いした。

「もちろん、相談の上で」

姫君たちは笑った。

八郎はそこで、さらに言った。

「他の弟君たちも、一緒に連れて行っていただければありがたいです」

「島津本家、分家、八郎領の者が行き来できる場所になればよいと思っています」

「湯は、境目を少し柔らかくします」

千代姫が感心したように言った。

「湯で同盟を温めるのですね」

三郎がぼそりと言う。

「うまいこと言われたな」

五郎も笑った。

「これは帳面に載るな」

八郎は真面目に頷いた。

「載ります」

また笑いが起こった。

その日の茶席は、温泉の話から、誰と誰がどこの湯へ行くかという話へ広がっていった。

姫君たちは、思った以上に楽しそうだった。

侍の療養。

民の娯楽。

冬の仕事。

夫婦の息抜き。

同盟の行き来。

八郎が考えていた温泉は、ただの湯ではなくなっていく。

それは、八郎領と島津本家、島津分家を、少しずつ温めて結ぶ場所になろうとしていた。

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