1534年11月3週目。帳面合わせの次の日。交易の収益計上がおかしいと気付く。週70万文の利益が実態は週300万文www
十一月三週目の帳面合わせのあと。
八郎は、五郎と帳面役を呼び直した。
場所は本拠の小さな帳面部屋である。
三郎も、なぜか茶を持って座っていた。
「なんや。昨日で終わったんちゃうんか」
八郎は首を振った。
「終わっていません」
「交易益の見直しです」
五郎が帳面を開く。
「今まで、交易益は毎週七十万文で計上していました」
「ですが、今の規模を見ると、少なすぎます」
三郎は眉をひそめた。
「少なすぎる言うても、いきなり三百万文にするんやろ」
「二百三十万文、どこから湧いたんや」
帳面役は、少しだけ気まずそうに頭を下げた。
「正直に申しますと、帳面の付け方に甘さがございました」
三郎が目を細める。
「甘さ?」
「盗みや紛失ではございません」
帳面役は慌てて言った。
「ただ、交易で出た利を、別の項目へ入れていたものがございます」
八郎は静かに頷いた。
「責める話ではありません」
「領地が小さい時は、それでも回りました」
「けれど、薩摩、肥後、大隅、日向がつながり、大友様や四国、琉球筋まで見え始めると、
帳面の形を変えないと実態が見えません」
五郎が一枚目の帳面を指した。
「まず、琉球筋です」
「砂糖、薬種、香料、珍しい布、陶磁器」
「これらは、今まで高級湯浴みの仕入れ差益や、姫君向けの贈答品、薬種の項目に混ざっていました」
三郎が頷く。
「ああ、砂糖は焼き芋や団子にも回してるしな」
「薬種は医薬の方にも入る」
「香料は湯浴みや姫様向けや」
「どれも交易っぽいのに、交易益に載ってへんかったわけか」
帳面役は頭を下げた。
「はい」
「琉球筋だけで、見直せば九十万文ほどの利が出ております」
三郎は茶を吹きかけた。
「九十万文を見落とすな」
八郎は真面目に言った。
「見落としたのではなく、別のところで働いていました」
「でも、今後は琉球交易益として見ます」
五郎は次の帳面をめくった。
「次に、四国筋です」
「土佐、伊予方面から入る干し魚、塩、紙、木材、少量の鰹干し」
「こちらが、思ったより利が出ています」
大友の姫君たちも同席しており、その言葉に少し目を上げた。
姫君の一人が尋ねる。
「四国とは、すでにそれほど商いがあるのですか」
八郎は頷いた。
「大きく攻めているわけではありません」
「ただ、船乗り、商人、寺社、港の小口を通じて、少しずつ荷が入っています」
「干し魚と塩は飯屋に使えます」
「紙は帳面に使えます」
「木材は湯浴み場や倉庫に使えます」
「鰹干しは、三郎兄様が出汁に使いたがっています」
三郎が腕を組む。
「使いたがってるんやなくて、使えるんや」
「出汁は銭になる」
五郎が笑った。
「その四国筋の利が、想定より七十万文ほど上振れています」
「最初は試し荷のつもりでしたが、飯屋と帳面と湯浴みが増えすぎて、こちらが思った以上に
吸い込んでいます」
八郎は静かに言った。
「四国は、まだ戦の相手ではありません」
「でも、交易相手としてはもう見えています」
「これは大事です」
帳面役は三枚目を出した。
「最後に、領地内交易です」
「薩摩、肥後、大隅、日向の間で、米、味噌、薪、塩、干物、芋焼酎、布団、桶、木材が
動いております」
「これまでは、飯屋、市、寺社市、仕入れ差益に分かれていました」
「しかし、実際には、土地と土地の値段差で利が出ています」
五郎が続けた。
「肥後の米を日向へ回す」
「薩摩の味噌を大隅へ送る」
「日向の魚を薩摩の飯屋に落とす」
「大隅の木材を湯浴み場へ入れる」
「芋焼酎を訓練場や宴に流す」
「こういう動きが、ようやく形になってきました」
八郎は帳面を指で叩いた。
「領地内交易だけで七十万文」
「これは今後もっと増えます」
三郎は三つの帳面を見比べた。
「琉球筋で九十万」
「四国筋で七十万」
「領地内で七十万」
「合わせて二百三十万文」
「元の七十万と足して、三百万文か」
八郎は頷いた。
「はい」
「いきなり銭が湧いたわけではありません」
「琉球筋は計上の形が悪かった」
「四国筋は思ったより儲かっていた」
「領地内交易は、順繰り回り始めたものが数字になった」
「この三つです」
大友の姫君は、感心したように言った。
「交易とは、海の向こうだけではないのですね」
八郎は頷いた。
「はい」
「土地と土地の差です」
「足りない土地へ、余っている土地から運ぶ」
「高いところへ、安いところから運ぶ」
「そこに飯屋、市、湯浴み、寺社市があれば、荷は自然と動きます」
五郎が静かに言った。
「ただ、交易益を三百万文で見るなら、守る場所も変わります」
「倉庫、港、川船、街道、荷駄、帳面役」
「全部、守る対象です」
三郎がため息をついた。
「また防衛費が増える話につながるんか」
八郎は胸を張った。
「つながっています」
「出た」
三郎と五郎が同時に言った。
帳面役は深く頭を下げた。
「次回より、交易益は三百万文で計上いたします」
「内訳は、琉球筋、四国筋、領地内交易、外向き小口交易に分けます」
八郎は頷いた。
「それでお願いします」
「帳面は、銭を数えるだけではありません」
「どこが太くなり、どこが細いかを見るものです」
大友の姫君は、その言葉を聞きながら、また文箱を引き寄せた。
父上へ書くことが、また増えた。
八郎商会は、儲けた銭を喜ぶだけではない。
なぜ儲かったのかを、もう一度ほどいてしまう。
そしてほどいた糸を、次の商いと守りへ結び直す。
そのやり方こそが、恐ろしいほど強かった。




