1533年1月。八郎の母上の漬物教室を開こう(笑)甕が必要だから市で買おう。できることから少しずつ。
「まあ、何ができるかは追々考えます」
八郎がそう言うと、庄屋たちは苦笑した。
「追々言う割には、お前の追々は早いから怖いんや」
「いやいや、全部すぐには無理ですよ」
八郎は首を振る。
「銭も人も足りません」
「お前の口からそれ聞くと少し安心するわ」
和尚が笑った。
「八郎でも無理なものは無理なんやな」
「当たり前です」
八郎は真面目な顔で言う。
「私は魔法使いではありません」
その場の全員が顔を見合わせた。
「……いや」
「なんですか?」
「この一月ほど見てると、十分魔法みたいなことしとるぞ」
笑いが起きる。
八郎は困った顔をしながら続けた。
「例えばですけど」
「まだあるんか」
「漬物です」
「漬物?」
「はい」
「母上の漬物、美味しいでしょう」
父親が頷く。
「まあ、それは間違いない」
「だったら母上に教えてもらうんです」
「誰に?」
「村の奥様方です」
「教える?」
「はい。漬物教室です」
「……漬物教室?」
聞き慣れない言葉に皆が首をかしげる。
「みんなで集まって漬けるんです」
「ほう」
「ただ、銭を取るわけではありません」
「取らんのか?」
「例えば大根や紫蘇を持ってきてもらいます」
「現物か」
「はい」
「それを使って一緒に漬ける」
和尚が目を細める。
「なるほどな」
「そこで話もできます」
八郎は言う。
「今年の田はどうやったとか」
「誰々の家が困ってるとか」
「子供が働き口を探しているとか」
「……」
庄屋たちの表情が変わった。
「漬物を作る場やなくて」
「はい」
「話をする場か」
「そうです」
八郎は頷いた。
「湯浴みも同じです」
「人が集まる場所を作るんです」
和尚が嬉しそうに笑った。
「やっぱりそこを見とったか」
「で」
「まだあるんか」
「作った漬物ですが」
「うむ」
「美味しくできたものは、うちが買います」
「買う!?」
「はい」
「自分らで作らせて、それを買うんか?」
「そうです」
八郎は当然のように答えた。
「そうすれば奥様方にも銭が入ります」
「……」
「うちは店で使う漬物が増えます」
「……」
「みんな得します」
庄屋の一人が頭をかいた。
「ほんま、この子供怖いわ」
「普通なら安く作らせようと考える」
「買うところまで考えとる」
「でも」
八郎は付け加える。
「漬物は一日ではできません」
「そうやな」
「だから今から準備するんです」
「先を見るんやな」
「はい」
「あと甕ですね」
「かめ?」
「漬物を作るなら必要でしょう」
「まあな」
「だったら市で買います」
「また市に銭を落とすんか」
「はい」
和尚が笑う。
「全部繋げよる」
「商いだけ見とらん」
そして八郎は別の話に移る。
「あと、人です」
「人?」
「この前雇わせてもらったお嬢さん」
その瞬間、周りが笑った。
「待て待て」
「はい?」
「三歳児がお嬢さん言うんか」
「え?」
「相手、お前よりだいぶ年上やろ」
「でも女性ですから」
「ほんま口だけ聞いたら爺様やな」
みんな腹を抱えた。
八郎は気にせず続ける。
「あのお姉さんにも料理を覚えてもらいます」
「ほう」
「母上一人では限界があります」
「それはそうやな」
「もし鮪の煮付けを試すなら」
「また鮪か」
「はい」
「母上がそちらを見る必要があります」
「なら天ぷらを見る人が必要になる」
「そうです」
父親が頷く。
「なるほどな」
「だから料理のできそうな人を何人か探します」
「雇うんか?」
「はい」
「でも毎日ではありません」
「日替わりでもいいです」
「仕事を覚える人を増やすんです」
庄屋たちは黙った。
「仕事を増やすだけやなく」
「できる人を増やす、か」
「はい」
さらに八郎は指を折る。
「あと四郎兄様と五郎兄様です」
「今度は兄か」
「四郎兄様が混ぜ飯を売りに行っています」
「うむ」
「なら五郎兄様も別の日に行けば」
「……」
「週四回、市に顔を出せます」
父親が目を丸くした。
「お前そこまで考えてたんか」
「はい」
「毎日店は無理です」
「母上が倒れます」
母親のことを言われ、父は苦笑する。
「そこはちゃんと見とるんやな」
「でも顔を出すことはできます」
「忘れられない」
「そうです」
「八郎の家はいつも市にいる、と思ってもらう」
和尚が補足する。
八郎は頷いた。
「ただ」
「ただ?」
「全部一気にはできません」
八郎は周りを見る。
「漬物」
「湯浴み」
「鮪」
「人を雇う」
「水車」
「市」
「全部やろうとしたら失敗します」
その言葉に、庄屋たちは感心した。
「広げるだけやないんやな」
「止め方も考えてる」
「だから」
八郎は言った。
「この庄屋の集まりで、進み具合を確認したいです」
「できたこと」
「できなかったこと」
「困ってること」
「それを聞いて次の手を考えます」
しばらく沈黙が流れた。
そして一人が笑った。
「なあ」
「はい」
「わしら、三歳児にまとめられとるんか?」
その場が爆笑になる。
和尚も笑いながら言った。
「今さら気付いたか」
「遅いわ」
「もうとっくに八郎の流れに乗っとる」
別の庄屋が言う。
「でもな」
「はい?」
「正直、ありがたい」
「十六万文って聞いた時、もう終わりやと思った」
「……」
「でも今は」
「なんとかなる気がしてる」
八郎は首を振る。
「全部、私が肩代わりする話ではありません」
「分かっとる」
「仕事を作ります」
「銭を回します」
「少しずつです」
「急に全部解決する魔法はありません」
すると全員が同時に言った。
「いやいや」
八郎が首をかしげる。
「?」
和尚が笑った。
「三歳児がここまで考えとる時点で」
「もう十分、魔法みたいなもんや」
その言葉に、庄屋たちは大きく頷いた。




