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1533年1月。市で飯屋をやった後。今後湯あみを村でやりたいという八郎。構想を聞き先を見ていると感じる父親

その日の夜。

市の片付けが終わり、帳面を見ながら父と八郎は話していた。

六千文を超える銭。

少し前まで五千文足りないと悩んでいた家とは思えない光景だった。

父はため息をつく。

「ほんま、数ヶ月で変わるもんやな」

「父上」

「なんや。また何か思いついた顔しとるぞ」

父は少し警戒する。

最近の八郎の「思いつき」は、思いつきで終わらない。

混ぜ飯。

つみれ汁。

炒め飯。

天ぷら。

酒席。

気づけば庄屋の家どころか、千五百石分の村々を動かす話になっていた。

「湯浴みを作りたいです」

「湯浴み?」

父は目を丸くする。

「そりゃ、わしもできるなら入りたいわ。冬なんか特にな。けど高いやろ」

「大きなものはいりません」

「大きなもの?」

「大勢が入る湯屋ではなく、大きな釜を一つ置いて湯を沸かすだけです」

八郎は説明する。

「湯につかるのではなく、桶に湯を取って体を拭く。まずはそれで十分です」

父は腕を組んだ。

「なるほどな……」

「男女は時間で分けます」

「二つ作らんのか?」

「作りません」

八郎は即答した。

「釜も二つ、桶も二つ、人も倍になります。今やることじゃありません」

「三歳児の言葉ちゃうな」

父が苦笑する。

「あと、人を雇います」

「また雇うんか」

「はい」

八郎は指を三本立てる。

「三人です」

「三人?」

「一人は火を見る者。湯加減、薪の管理です」

「うむ」

「一人は店番。銭の管理と男女の時間を見る者」

「なるほど」

「もう一人は雑務です。掃除、水運び、貸し布の管理」

「貸し布?」

父が首を傾げた。

「はい。布を貸します」

「そこでも銭取るんか」

「取ります」

八郎は平然と言った。

父は吹き出した。

「お前ほんま商人やな」

「違います。続けるためです」

「続ける?」

「ただでやると続きません」

その言葉に父は黙る。

「釜も傷みます。薪も必要です。布も傷みます。だから少しずつ銭をいただいて続けられる形にします」

「……なるほどな」

「あと麦茶でも出せたらいいですね」

「茶まで売るんか」

「はい」

八郎はうなずく。

「湯浴みして、体をきれいにして、温かい茶を飲んで少し話して帰る」

「……」

「それだけで楽しいと思います」

父は少し想像した。

農作業で疲れた者。

海から戻った者。

寒さで震える老人。

湯で体を拭き、茶を飲み、少し笑って帰る。

悪くない。

だが。

「でも八郎」

父は現実を見る。

「作るだけでいくらかかる?」

「五千文ぐらいは見てます」

「五千!?」

父が声を上げた。

「利益全部吹っ飛ぶやないか!」

「はい」

「はいってお前」

「でも考えてください」

八郎は帳面を指した。

「三人雇います」

「うむ」

「一人一日四十文」

「三人で百二十文やな」

「二十日動けば?」

・・・・・・・・・・・・・・・

父が計算する。

「二千四百文……」

「村に落ちます」

父が止まった。

「……そう見るんか」

「はい」

八郎は続ける。

「うちが五千文使います。でもその後、毎月二千文以上が働く人に渡ります」

「……」

「それで食える人が出ます」

父は黙った。

「しかも湯代、貸し布、茶で少し利益も出ると思います」

「どれぐらいや?」

「一日百文から百五十文」

「そんな出るか?」

「分かりません。試さないと」

八郎は笑う。

「でも百文でも二十日なら二千文。百五十なら三千文です」

「月三千文……」

「一年なら三万六千文です」

父は頭を抱えた。

「五千文使って、年三万文以上返るって考えか」

「はい」

「ほんま怖いな、お前」

だが八郎は首を振る。

「銭だけではありません」

「まだあるんか」

「あります」

八郎は言った。

「湯浴み場には人が集まります」

「まあ、そうやな」

「そこで話します」

「……」

「どこの家が困ってる。誰が働きたい。何が足りない」

父の顔が変わる。

「情報か」

「はい」

「三歳が情報とか言うな」

「三歳になりました」

「そこちゃう」

父は笑った。

「それに」

八郎は続ける。

「ずっと同じ三人を雇う必要はありません」

「ん?」

「順番でいいです」

「順番?」

「村の人たちに、この仕事ならできるということを知ってもらうんです」

火を見る仕事。

掃除する仕事。

布を洗う仕事。

年寄りでもできる。

力の弱い者でもできる。

「働く場所を作るんです」

父は完全に黙った。

「……お前、本当に飯屋からどこまで行く気や」

「まだ小さい湯浴みですよ」

「いや違う」

父は首を振る。

「お前は湯を作ろうとしてへん」

「?」

「村を作っとる」

八郎は少し笑った。

「まだ一つ目です」

「一つ目?」

「はい」

「利益が出たら、その利益でもう一つ作ります」

「……」

「村が十あるなら、順番に十個作ればいいです」

父は目を閉じた。

「十個……」

「そうすれば十の村で仕事ができます」

「……」

「みんな少しきれいになって、疲れが取れて、よく眠れると思います」

父は大きく息を吐いた。

「和尚様が言うてた意味が分かったわ」

「何をです?」

「驚くのはこれからや、ってな」

父は八郎の頭を撫でた。

「頼むから、父上がついていける速さで進んでくれ」

八郎は少し考えた。

「努力します」

「そこは約束せんのかい」

親子の笑い声が夜の家に響いた。

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