表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
42/183

1533年1月。1月2度目の飯屋の集計。3600文売り上げ利益530文。年貢の不足分に届くか届かないか。これではだめだと昼居酒屋も始めると言い出す八郎

その夜。

 家に戻り、今日の銭勘定を始めた。

 父上は銭袋を見ながら苦笑する。

「八郎」

「はい」

「最近、銭を数えるのが怖くなってきたぞ」

「分かります」

「お前が言うな」

 皆が笑う。

 売上は三千六百文。

 父上が帳面を開く。

「細かく計算するか?」

 俺は首を振った。

「今回はどんぶりでいいと思います」

「ええんか?」

 父上が驚く。

 いつも細かく原価だ、人件費だと言っている俺がそんなことを言ったからだ。

「はい」

「理由があります」

「売上は前と同じぐらいです」

「材料費も大きく変わってません」

「寄進もしています」

「違うのは二つです」

「二つ?」

「はい」

「前回買った器代が今回はありません」

「ただ、新しく来てくれたお姉さんの手間賃があります」

 父上が頷く。

「そうじゃな」

「なので、差し引きすると」

「五百三十文ぐらい残ったと思います」

「五百三十文……」

 兄様たちがまだ驚く。

 最初の頃なら大騒ぎだった。

 でも最近は、少し感覚がおかしくなっている。

「慣れたら駄目です」

「これは大金です」

「八郎に言われると変な感じじゃな」

「ただ」

 俺は続けた。

「これでも足りません」

「足りん?」

「はい」

「週二回」

「月八回やったとして」

「一回五百文ほど」

「月四千文」

「一年なら四万八千文です」

 父上が考える。

「……」

「つまり」

「前に言った、千五百石分で足りない五万文から十万文」

「そこに届くぐらいです」

「ならええんちゃうか?」

「いえ」

 首を振る。

「これは全部うまくいった場合です」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「雨の日」

「失敗」

「材料不足」

「病」

「色々あります」

「だから、もう少し柱が欲しいです」

 父上が苦笑する。

「また何か考えた顔じゃな」

「はい」

「もう一軒借りたいです」

「もう一軒!?」

 三郎兄様が声を上げる。

「店増やすんか?」

「はい」

「何を売る?」

「酒です」

 全員が止まる。

「酒?」

「八郎、お前酒造るんか?」

「違います」

「まだ無理です」

「米も設備も必要です」

「そうではなく」

「酒を買って」

「酒として売ります」

「そのまま?」

「はい」

「ただ酒屋ではありません」

「どういう意味じゃ?」

「うちの飯と一緒に飲んでもらいます」

「つまり」

「飯を食べながら、少し酒を飲んで、話して帰る場所です」

 父上が考える。

「飲み屋……か?」

「近いです」

「でも夜ではありません」

「昼です」

「昼?」

「はい」

「昼酒屋です」

 全員、不思議そうな顔をした。

「夜だと危ないです」

「酔って暗い道を帰ることになります」

「喧嘩も起きるかもしれません」

「でも昼なら」

「少し飲んで」

「話して」

「夕方帰って寝る」

「それならありかなと思います」

 父上が腕を組む。

「……」

「なんじゃそれ」

 そして笑った。

「でも面白いぞ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「本当は味噌田楽も考えました」

「田楽?」

「はい」

「味噌を塗って焼いて、酒と一緒に出す」

「絶対合います」

「ならそれでええやん」

「駄目です」

「なぜ?」

「火が増えます」

「注文を見る」

「酒を注ぐ」

「火を見る」

「焼く」

「全部やったら危ないです」

「今は人が足りません」

 母上が頷いた。

「そこまで考えてるんやね」

「はい」

「まずは簡単なところからです」

「酒なら残っても次に回せます」

「飯は腐ります」

「でも酒は置けます」

「だから試しやすいです」

 父上が笑う。

「商人みたいな考え方じゃな」

「商いですから」

「三歳が言うな」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「必要なのは?」

「場所です」

「大きくなくていいです」

「火元もいりません」

「小屋」

「座る場所」

「机」

「それだけでいいです」

「飯は隣から運びます」

 三郎兄様が笑う。

「なんか楽しそうやな」

「やってみたいですか?」

「ちょっとな」

「客と話すの面白そうや」

 父上も頷いた。

「分かった」

「次の市で試そう」

「ありがとうございます」

「ただし」

「はい」

「また思いつきで三軒四軒増やすなよ」

「……」

「八郎?」

「努力します」

「そこは約束せんのかい」

 家族全員が笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 こうして。

 飯屋。

 汁物。

 揚げ物。

 そして昼酒。

 八郎の小さな商いは、ただ腹を満たす場所から。

 人が集まり、話をする場所へ。

 少しずつ形を変え始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ