1533年1月。和尚様が今話した話を紙にまとめてくれる。父上に見せろと。八郎は先に行きすぎることがあるから伝わりにくいと
和尚様との話が終わる頃には、日も少し傾いていた。
和尚様は筆を取り、さらさらと紙に書き始める。
「和尚様?」
「八郎」
「はい」
「お前、頭の中では分かっとるんじゃろうが、周りはそうはいかん」
そう言って紙を渡された。
そこには今日話したことが簡単にまとめられていた。
一、市を週二日に増やすこと。
一、卵、野菜、魚など買い付け先を増やすこと。
一、胡麻、漬物、椎茸など銭になるものを探すこと。
一、困りごとを書き留めること。
一、人を雇い、家族だけで抱えないこと。
「これを父上に見せなさい」
「ありがとうございます」
「お前は話が先へ先へ飛ぶ」
「……すみません」
「悪いことではない」
和尚様は笑う。
「ただ普通の者は追いつけん」
家に帰り、父上に紙を渡した。
「和尚様からです」
「なんじゃ?」
父上は読み進めながら、だんだん顔をしかめる。
「……八郎」
「はい」
「また色々考えてきたな」
「少しだけです」
「少し?」
父上は笑った。
「これで少しなら、わしの一生分ぐらい考えとるわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「まず、市です」
俺は説明を始めた。
「今は週一回です」
「それを週二回にしたいです」
「できると思うか?」
「はい」
「今ならできます」
前とは違う。
父上は千五百石分を見る立場になった。
農作業を全部背負わなくていい。
兄様たちも役割を持った。
「父上は商いと人を見る方へ回った方がいいです」
「わしか」
「はい」
「父上が動いてくれないと無理です」
父上は少し照れた。
「お前はそういう言い方が上手くなったな」
「本当です」
「どうじゃかな」
「次は買い付けです」
「卵か」
「はい」
「今までは近いところから買っていました」
「でも、それだと駄目です」
「なぜじゃ?」
「銭が動いているところを見てもらわないといけません」
父上が黙る。
「この前、庄屋の皆様に話しました」
「でも」
「話だけでは半分しか信じません」
「……」
「実際に卵を売った家」
「野菜を売った家」
「魚を売った漁師」
「銭を受け取った人が増えれば」
「八郎たちがやっていることは本物だと思ってくれます」
父上は腕を組んだ。
「なるほどな」
「銭が回れば、人の見方が変わるか」
「はい」
「うちだけ儲けたら嫌われます」
「でも」
『八郎の家に売ったら助かった』
『銭が入った』
「そう思ってもらえれば、味方になります」
「……三歳児の言葉ではないな」
「三歳になりました」
「そこではない」
「野菜」
「卵」
「椎茸」
「魚」
「この辺は買います」
「あと探したいものがあります」
「なんじゃ」
「胡麻です」
「油か」
「はい」
「ごま油が高いです」
「だから作れるなら、作る人に銭を払いたいです」
「なるほど」
「あと蜂蜜ですね」
「蜂蜜?」
「甘いものは強いです」
「薬にもなります」
「もし取れる人がいるなら、買いたいです」
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父上は大きく息を吐いた。
「八郎」
「はい」
「お前がおらんかったら、わし全然回らんぞ」
「違います」
「何が違う」
「父上が聞いてくれるからです」
「父上が動いてくれるから、形になるんです」
父上は目を細める。
「……」
「なんです?」
「お前」
「はい」
「口まで上手くなっとるぞ」
兄様たちが笑った。
そして数日後。
父上は他の庄屋を回り始めた。
卵はないか。
余った野菜はないか。
椎茸を取れる者はいないか。
漬物を作れる者はいないか。
ただ買うだけではない。
困りごとも聞いた。
すると、一つ話が来た。
「実はな」
ある庄屋が言った。
「うちに少し困っとる娘がおる」
「娘?」
「ああ」
「手先は器用じゃ」
「料理も少しできる」
「ただ、家の仕事も少なくてな」
「もしよければ一日二日、使ってくれんか」
父上は少し考えた。
そして俺を見る。
「八郎」
「はい」
「どう思う」
「会ってみたいです」
「理由は?」
「料理の腕より」
「嘘をつかない人か」
「ちゃんと話を聞ける人か」
「そこを見たいです」
庄屋たちは顔を見合わせた。
「……」
「三歳児が人を見ると言っとるぞ」
後日、その娘が来た。
緊張した様子だった。
「よろしくお願いします」
深々と頭を下げる。
母上が笑った。
「そんな固くならなくてええよ」
「まず一緒に作りましょう」
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魚を刻む。
野菜を切る。
米を混ぜる。
母上の横で一生懸命覚えようとしていた。
俺はそれを見て頷いた。
「いいと思います」
「もう分かるんか?」
「料理はこれからです」
「でも」
「あの人、ちゃんと母上の話を聞いています」
「それが一番大事です」
父上は笑った。
「とうとう人まで雇い始めたか」
「必要です」
「家族だけでは限界があります」
「そうじゃな」
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こうして。
八郎の小さな飯屋は。
家族の商いから。
少しずつ、人を巻き込む商いへ変わり始めていた。




