1533年1月。八郎、銭の流れを作る。和尚様と村々の仕入れや必要なもの、湯あみについて考える。
寺小屋へ通う日々は続いていた。
文字。
数。
帳面。
それを学ぶ時間も大事だったが、最近では学びが終わった後、和尚様と話す時間の方が
長くなっている気がした。
和尚様も、もう俺を普通の童として扱っていない。
茶を出し、話を聞き、時に止め、時に笑う。
この日もそうだった。
「それで八郎」
「はい」
「次は何を考えておる」
和尚様が聞く。
俺は少し姿勢を正した。
「まず、飯屋です」
「ほう」
「今は週に一度、市で出しています」
「それを週に二日にします」
和尚様の眉が上がる。
「増やすか」
「はい」
領主様から千五百石分を見る役目を受けた。
父上はただの庄屋ではなくなった。
農作業をすべて自分で抱える必要は少しずつ減る。
「父上には、商いと取りまとめの方を見てもらいます」
「一郎兄様と二郎兄様は?」
「家に残ってもらいます」
「留守番か」
「はい。それと農作業の困りごとを聞く役目です」
父上が市に出る。
母上が料理を見る。
三郎兄様たちが店を動かす。
その間、家と田を見る者が必要だった。
「一郎兄様と二郎兄様は、父上の次に田を分かっています」
「だから、家を守る役です」
和尚様は頷いた。
「役割を分けるのじゃな」
「はい」
・・・・・・・・・・・・・・
「それと、買い付けです」
「買い付け?」
「卵と野菜です」
今は必要な時に集めている。
だが、それでは値が乱れる。
買う家も偏る。
「順繰りに買いたいです」
「順繰り?」
「はい」
「今日はこの村」
「次はあの村」
「その次は別の家」
「そうすれば、銭が一か所に偏りません」
和尚様が目を細めた。
「銭を回す、か」
「はい」
「うちだけが儲けると嫌われます」
「でも、うちに売れば銭になると思ってもらえれば、味方が増えます」
「なるほどな」
「それと、ごま油です」
「油か」
「はい」
「今は市で買っています」
「でも高いです」
天ぷらも炒め飯も、油があるから価値が出る。
しかし油が高すぎる。
「もし、うちの管轄の中で胡麻を作れるなら」
「そこで銭が落ちます」
「油を作る者にも銭が入ります」
「うちは同じ額で買います」
和尚様は腕を組んだ。
「胡麻か」
「悪くない」
「薩摩でも作れぬことはなかろう」
「はい」
「ただ、すぐには無理です」
「でしょうな」
畑。
種。
搾る道具。
時間がいる。
でも、始めなければ何も変わらない。
「漬物もです」
「漬物?」
「今は母上のものを使っています」
「ですが、店を増やすなら足りません」
「なら、市で買うか」
「村の人に漬けてもらう」
塩気。
保存。
飯に混ぜる具。
漬物は強い。
「ただ、そのためには甕がいります」
「壺や甕か」
「はい」
「市で買う必要があります」
「ゆくゆくは」
「交易できるなら、良い器も欲しいです」
和尚様が笑った。
「もう器の産地まで考えておるのか」
「器は大事です」
「味噌、漬物、酒、油、全部入れ物がいります」
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「酒も考えています」
「酒か」
和尚様が少し身を乗り出す。
「米を使うので、すぐには難しいです」
「ですが、酒は銭になります」
「人も集まります」
「扱いを間違えると荒れますが」
「そこまで分かっておるならよい」
和尚様は苦笑した。
「あと」
「まだあるか」
「湯浴みです」
和尚様が目を瞬かせた。
「湯浴み?」
「はい」
「湯を沸かして、体を洗う場所を作りたいです」
「贅沢じゃな」
「贅沢です」
でも、必要だと思っていた。
「農作業をすると体が汚れます」
「冬は寒いです」
「体を洗って、温まって、よく眠れるようにしたいです」
「毎日全員は無理です」
「でも日替わりならできます」
薪は必要。
湯を沸かす人も必要。
場所も必要。
「その面倒を見る人を雇います」
「銭を払って」
「そうすれば働き口にもなります」
和尚様は黙って聞いていた。
「八郎」
「はい」
「お前は飯屋を増やす話から始めたな」
「はい」
「だが、いつの間にか」
和尚様は指を折った。
「卵」
「野菜」
「胡麻」
「漬物」
「甕」
「酒」
「湯浴み」
「雇い口」
「全部つながっておる」
「はい」
「飯屋は入口です」
飯を作るには、材料がいる。
材料を買えば、銭が動く。
銭が動けば、人が働ける。
働ければ、村に残れる。
「米だけでは足りません」
「銭の流れが必要です」
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和尚様は深く息を吐いた。
「三歳児と話している気がせんな」
「三歳です」
「そこだけは律儀に言うな」
和尚様は笑った。
「分かった」
「まずは週二日の市」
「卵と野菜の買い付け先」
「漬物を作れる者」
「胡麻を作れそうな畑」
「甕を買う先」
「ここからじゃな」
「はい」
「一つずつです」
全部はできない。
でも、一つずつなら進める。
和尚様は茶を飲み、静かに言った。
「八郎」
「はい」
「お前は本当に、村を商いで変えるつもりなのじゃな」
俺は少し考えた。
「村を変えるというより」
「皆が食えて、少し楽になればいいです」
和尚様は笑った。
「それを、村を変えると言うんじゃよ」




