1533年1月八郎3歳1か月。庄屋衆をまとめる
千五百石を預かることになった最初の集まり。
最初は半信半疑だった庄屋たちも、和尚様と父上の話、そして八郎本人の言葉を聞き、
少しずつ空気が変わっていた。
ただの三歳児ではない。
それだけは、誰もが理解し始めていた。
俺は集まった庄屋衆に向かって頭を下げる。
「まずお願いがあります」
「なんじゃ?」
「この集まりを定期的にさせてもらえませんか」
「定期的?」
「はい」
「一週間に一度」
「難しければ二週間に一度」
「皆様の帳面を見ながら、何が足りないか、どこで困っているか、一緒に考えたいです」
庄屋たちは顔を見合わせる。
「帳面を?」
「はい」
「米が足りないなら米」
「銭が足りないなら銭」
「人手が足りないなら人手」
「それぞれ違うと思います」
・・・・・・・・・・・
「ただ」
俺は苦笑する。
「勘違いしないでください」
「私は魔法使いではありません」
「今年取れる米を、急に二倍三倍にはできません」
その瞬間。
一人の庄屋が笑った。
「いやいや」
「お前さん、もう錬金術みたいなことしとるぞ」
「はい?」
「三歳で領主様から税を一割下げさせる」
「市で半日三千文以上動かす」
「そんな童がどこにおる」
周囲が笑う。
「そうじゃそうじゃ」
「十分おかしいわ」
「違います」
俺は首を振った。
「それは皆様が動いてくださるからです」
「うちも」
「父上」
「母上」
「兄様たち」
「みんなが動いてくれるから形になっています」
すると和尚様が言った。
「八郎」
「そこは違うぞ」
「え?」
「人を動かすにも力がいる」
「お前は自分の考えを伝える努力をしておる」
「だから皆が動く」
「そこは誇ってよい」
少し照れた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「では」
和尚様が筆を取る。
「わしが書き留めよう」
「ありがとうございます」
「何を書く」
「困っていることです」
俺は言った。
「不満」
「足りないもの」
「面倒な作業」
「全部です」
「全部解決できるとは言いません」
「でも」
「一つずつ潰しましょう」
「例えば前に言った水車」
「水車?」
「はい」
「あれはずっと回っています」
「その力で杵を動かせないか」
「米をつく」
「粉をひく」
「人が何刻もする仕事を、水にやらせられないか」
庄屋たちは考え込む。
「確かに」
「できれば楽になるな」
「あとは」
「借金です」
その言葉に空気が変わった。
「……」
「皆様」
「商人から借りている家もあると思います」
誰も否定しない。
「すぐには無理です」
「今の私にそんな銭はありません」
「でも」
「いつか」
「利息分だけでも一時的に肩代わりできれば」
「楽になる家があるかもしれません」
「そこまで考えておるのか」
「考えているだけです」
「今日明日では無理です」
一人が苦笑した。
「そりゃそうじゃ」
「まだ三歳じゃからな」
「そうです」
「先日、領主様にも五百文寄進しましたし」
その瞬間。
全員が止まる。
「……」
「今なんと言った?」
「五百文ほど」
「殿に?」
「はい」
「三歳児が?」
「はい」
庄屋たちは吹き出した。
「殿も驚いただろうな」
「笑っておられました」
「そりゃ笑うわ」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「他には?」
和尚様が聞く。
「農です」
「農?」
「はい」
「例えば草取り」
「もっと楽にできないか」
「籾殻を取る方法」
「米を磨く方法」
「考えるところはあります」
「ただ」
「頭の中だけです」
「職人さんに作ってもらって試さないと分かりません」
「失敗もします」
「でも」
「十試して一つ当たれば良いと思っています」
「あと」
「鳥獣です」
「鳥獣?」
「はい」
「鹿や猪です」
「田を荒らすでしょう?」
庄屋たちは頷く。
「あれは困る」
「なら」
「弓を使える人を育てても良いかもしれません」
「追い払うだけではなく」
「取れたなら肉にできないか」
「肉?」
「はい」
「もちろん難しいです」
「血抜き」
「皮はぎ」
「悪い部分を取る」
「よく焼く」
「味噌に漬ける」
「そうすれば食べられるかもしれません」
また沈黙。
「八郎」
一人の庄屋が言った。
「はい」
「お前」
「本当に三歳か?」
「正月になったので三歳です」
「そういう意味ではない」
皆が笑った。
ただ。
笑いの質は変わっていた。
最初の笑いは馬鹿にした笑い。
今は違う。
期待だった。
「では」
「まず小さいことからやりましょう」
「帳面を見る」
「困りごとを聞く」
「売れる物を探す」
「楽できる方法を探す」
「それを一つずつ」
会が終わった後。
庄屋たちは口々に言った。
「あの童」
「ただ者ではないな」
「三歳が庄屋衆まとめよった」
和尚様だけは笑っていた。
「皆、驚くのはまだ早いぞ」
父上が聞く。
「どういう意味ですか」
「八郎はまだ」
「考えていることの一部しか話しておらん」
「……」
「これからじゃ」
和尚様は遠くを見る。
「本当に驚くのは、これからじゃよ」




