1534年5月1週目。週末。八郎が鳥獣対策の話と借金完済したお侍さんに交易の話をしようとしている。琉球・天草・四国
週の末日。
八郎家では、久しぶりに家族そろって晩飯を食べていた。
膳には白飯、味噌汁、焼き魚、芋、鶏の煮物が並んでいる。春姫も二郎の隣に座り、
少しずつこの家の食卓に慣れ始めていた。
八郎は味噌汁を飲みながら、ふと思い出したように口を開いた。
「来週か再来週あたりで、鳥獣対策の話をしようと思っています」
三郎が箸を止める。
「飯の席で急に仕事の話か」
「順番です」
八郎は真顔で答えた。
「五月に入りましたので、猪、鹿、猿、鳥の対策を始める時期です。農民からお侍さんへ仕事として
頼む。月四十万文、五ヶ月で二百万文。侍の借金を減らしつつ、畑を守ります」
五郎が頷いた。
「それは前に聞いたな。けど、薩摩川内に近いところは、もう侍の借金が消えてるんやろ」
「はい」
八郎は芋を一口食べた。
「薩摩川内と、その南の一万五千石、三万五千石のところは、借金が消えています。
なので、そのお侍さんたちには別の仕事を作らないといけません」
一郎が眉を上げた。
「借金が消えたら終わりやないんか」
「終わりではありません。借金が消えた侍は、次に稼げる仕事を持たないと、また借金します。
だから交易です」
「交易?」
二郎が顔を上げる。
「はい。琉球へ行って、砂糖をたくさん取ってきてもらうとか、天草の方面も見たいです。
四国へも船を出して、何か売ったり買ったりできるなら、そこも仕事になります」
三郎が呆れたように笑った。
「どんどん仕事作るな」
「仕事は作らないとありません。お侍さんが暇になると揉めます。暇な侍ほど怖いものはありません」
五郎が苦笑する。
「それは分かる」
母が静かに聞いていたが、そこで尋ねた。
「砂糖をそんなに集めて、何をするん?」
八郎の目が少し輝いた。
「ふくふく焼きです」
春姫が首をかしげる。
「ふくふく焼き?」
「前に、島津のお姫様方と宴会をした時に出したでしょう」
八郎は手を丸くして説明した。
「鉄板を置いて、お好み焼きみたいに、目の前でどんどん焼いた甘味です。小麦粉と卵と水を混ぜて、
薄い皮を焼きます。その皮を二枚作って、真ん中に団子へ乗せるあんこを挟むんです」
「それを、ふくふく焼きと言います」
春姫の顔がぱっと明るくなった。
「あれですか」
「姫様方がとても喜んでおられました」
「はい」
八郎は満足そうに頷いた。
「焼きたては香りがいいです。鉄板の前で焼くから、人が集まります。皮がふくっと膨れて、
中から甘い餡が出る。子どもも姫様も、疲れた商人も農民も喜びます」
三郎が少し考えた顔になる。
「確かに、あれは売れるな」
「団子より目立つし、焼いてる匂いで人が来る」
「はい」
八郎は箸を置いた。
「市の店で出したいんです」
「市の甘味として、ふくふく焼きを置く」
「ただ、砂糖が足りません」
「今の砂糖では高すぎます」
五郎が腕を組む。
「だから琉球か」
「はい」
「琉球との交易を深めたいです。砂糖、甘草、珍しい布、南の品。こちらからは米焼酎、
芋焼酎、干物、味噌、布、鍋、椀を出す」
「船に乗る侍にも仕事ができます。警護、荷の管理、交渉の見張り。全部仕事です」
父が苦笑した。
「お侍さんが、船で砂糖を取りに行くんか」
「最初は商人が主です。ただ、信用できる武の者も必要です。八郎商会の荷には銭が乗ります。
酒も乗ります。砂糖も乗ります。襲われたら困ります」
四郎が頷いた。
「それなら警護役はいるな」
「はい。借金が消えた侍ほど、次の仕事に回しやすいです」
「借金で首が回らない者を遠くへ出すと、途中で崩れます。余裕が出た者から交易へ。
まだ借金がある者は鳥獣対策へ。順繰りです」
「また順繰りか」
六郎が笑う。
「順番です」
八郎はきっぱり言った。
五郎が少し意地悪く聞いた。
「琉球を攻めるとか言い出すんちゃうやろな」
「まだ言いません」
八郎は即答した。
場が一瞬止まった。
三郎が箸を置く。
「まだ、言いません?」
「怖いこと言うな」
母まで少し目を細めた。
「八郎」
「攻めません」
八郎は慌てて手を振った。
「少なくとも今は」
「もっと怖いわ」
二郎が小さく突っ込んだ。
八郎は咳払いをした。
「琉球は商売の相手です。最終的には、向こうでさつまいもをたくさん育ててもらったり、
砂糖を安定して仕入れたり、そういうこともできるかもしれません。でも、それは商売の延長線です。
攻める話ではありません」
「今は、を抜いたな」
三郎が鋭く言った。
「成長しました」
「そういう問題やない」
春姫は、半分驚き、半分面白そうに聞いていた。
「八郎様は、本当に遠くまで考えられるのですね」
「遠くではありません」
八郎は真面目に言った。
「ふくふく焼きが作りたいだけです」
「ふくふく焼きには砂糖がいる」
「砂糖には琉球交易がいる」
「琉球交易には船と侍の仕事がいる」
「侍の仕事には借金整理がいる」
「借金整理には鳥獣対策がいる」
「だから全部つながっています」
五郎が吹き出した。
「菓子から国が動いとるやないか」
「市の甘味は大事です」
八郎は胸を張った。
「甘味がある市は、人が笑います」
「人が笑う市は、銭が落ちます」
「銭が落ちる市は、借金が減ります」
「借金が減ると、侍も農民も動けます」
「だから、ふくふく焼きです」
一郎は腕を組んで笑った。
「そんなことより、まず九州をどうにかせなあかんのと違うか」
八郎は静かに頷いた。
「はい」
「だから伊東です」
場がまた止まった。
「今、甘味の話してたやろ」
三郎が言う。
「甘味を売るには、道と港がいります。道と港を安定させるには、日向が不安定だと困ります。
日向が不安定なら、伊東と向き合う必要があります」
「だから伊東です」
五郎が深いため息をついた。
「なんでも戦につなげるな」
「戦ではありません」
八郎は味噌汁を飲み干した。
「ふくふく焼きのための安定です」
父がぼそりと言った。
「言い方変えただけやな」
母が八郎の椀へ汁を足した。
「とりあえず、今夜は食べなさい」
「はい」
八郎は素直に頷いた。
「僕はふくふく焼きのために、琉球と四国と伊東を考えます」
「考えんでええ」
三郎と五郎の声が重なった。
春姫は思わず笑った。二郎も小さく笑う。
その食卓には、いつものように飯の匂いがあり、味噌汁の湯気があり、八郎の突拍子もない話があった。
ただ、皆分かっていた。
この四歳児が「甘味を作りたい」と言い出した時、その先にはたいてい、
砂糖と船と交易路と国境がくっついてくる。
八郎家の毒は、今度はふくふく焼きの甘い匂いをまとって、琉球と四国の方へ伸びようとしていた。




