1534年5月1週目。鳥獣対策を八郎領の農民から侍へ依頼として5か月200万文でやる予定。侍の借金のない薩摩川内等を島津分家で請け負えば借金めちゃ減るよ?
姫君たちとの話が一段落したところで、八郎はふと思い出したように帳面を開いた。
「そういえば、もう一つあります」
一郎が嫌な予感を覚えた顔をする。
「また何か思いついたな」
「思いついたというか、五月に入りましたので」
八郎は真面目な顔で言った。
「鳥獣対策を頼める時期になりました」
「鳥獣?」
六郎が首をかしげる。
「猪、鹿、猿、鳥です」
「畑を荒らします」
「田を荒らします」
「農民からすると、かなり大きな被害です」
五郎が頷く。
「まあ、それは分かる」
「で、それをどうするんや」
八郎は帳面の端を指で叩いた。
「今の領地全部で、農民から侍へ鳥獣対策を依頼する形にします」
「五月から九月まで五ヶ月」
「一月四十万文」
「合計二百万文」
「先払いの契約にしてもらい、お侍さんの借金を一律二百万文削ります」
その場が静まった。
三郎が額に手を当てる。
「また、数字がでかい」
千代姫が少し驚いた顔をした。
「侍の借金を、農民の依頼仕事で減らすのですか」
「はい」
八郎は頷いた。
「農民は畑を守ってもらえる」
「侍は仕事ができる」
「銭は八郎商会が整える」
「帳面上は、農民からの依頼を侍が受けた形にする」
「これで侍の借金が減ります」
一郎が腕を組む。
「なるほどな」
「ただの施しやなくて、仕事にするわけか」
「はい」
「仕事です」
「仕事なら、誇りも傷つきにくいです」
四郎が静かに尋ねた。
「今、どこまで侍の借金は消えてるんや」
八郎はすぐに答えた。
「薩摩川内と、その南の一万五千石、三万五千石のところは、侍の借金が消えています」
「なので、今の島津分家領の侍たちへ、追加で鳥獣対策を頼めば、さらに三百万文くらい消せます」
「三百万」
実久様の名前が出ない場なのに、思わず誰かが「実久様、聞いたら喜びそうやな」と呟いた。
八郎は構わず続ける。
「今、分家領の侍関係で、借用が一千七百二十万文ある認識です」
「これを、今回の一手で一千万文くらいまで下げられる可能性があります」
五郎が目を細めた。
「一気に七百万文くらい削るつもりか」
「はい」
「ただし、問題が二つあります」
八郎は指を二本立てた。
「一つ目」
「手が回るかどうか」
「鳥獣対策は、本当に人を出さないと意味がありません」
「形だけ依頼して、実際は何もしないのは駄目です」
「二つ目」
「その間に戦が起きた場合、鳥獣対策をどうするか」
一郎が顔をしかめる。
「お前、また戦するつもりか」
八郎は即答した。
「はい」
場が少しざわついた。
三郎が呆れる。
「疲れたから大人しくする言うてたやろ」
「大人しく考えています」
「それを大人しくとは言わん」
八郎は地図を広げた。
「龍造寺よりも、伊東を攻めた方が楽に攻められると見ています」
「今なら、大隅と島津本家側、二つの場所から日向へ接しています」
「大隅側で飯を炊き、島津本家側でも飯を炊く」
「二方向からじわじわ圧をかけられる」
「大隅の部隊も使えるので、見えやすいです」
千代姫が少し真面目な顔になる。
「伊東は日向の主勢力ですね」
「はい」
「真正面からぶつかるなら面倒です」
「でも、国境の国人衆を飯と帳面で揺らしながら進めば、龍造寺よりは楽です」
「大友や大内を刺激する北より、南の方がまだ整理しやすい」
四郎が帳面を見ながら言った。
「その場合、鳥獣対策に出した侍はどうする」
「そこが要相談です」
八郎は素直に頷いた。
「一千から一千五百くらいは正規兵で動かせるようにしたい」
「残りは、領内の侍たちで鳥獣対策や見回りを続けられるか」
「あるいは、戦が起きたら鳥獣対策を一部炊き出し兵や荷運びに切り替えるか」
「そこは決めないといけません」
六郎がぽつりと言う。
「鳥獣対策から戦の話になるんやな」
「全部つながっています」
八郎は真顔で言った。
「畑を守る」
「農民が安心する」
「侍の借金が減る」
「侍がやる気になる」
「いざ戦なら、その侍が炊き出しや警備に回る」
「戦後も村に顔が通っているから、帳面が集まりやすい」
「全部つながっています」
三郎がため息をついた。
「なんでもかんでも仕事にするな」
「仕事にしないと続きません」
五郎は少し考えてから言った。
「でも、三百万文の収入というか、借金減らしになるなら、侍のやる気は変わるな」
「はい」
八郎は頷いた。
「だから早めに決めてほしいです」
「来週か再来週の帳面合わせの時に、一斉に言えれば足並みが揃います」
「二百万文ずつ、ばっと削る」
「そうすれば、お侍さん方も、鳥獣対策をただの雑用とは見なくなるはずです」
千代姫が静かに頷いた。
「分家の方にも、相談してみます」
「ただ、手配は丁寧にしないといけませんね」
「はい」
八郎は少しだけ笑った。
「だから、今日は決めなくていいです」
「考えておいてください」
「手が回るか」
「戦が起きた時にどう切り替えるか」
「そこだけです」
一郎が苦笑した。
「そこだけ、という割には重いな」
「国を動かす話ですから」
八郎は帳面を閉じた。
「では、この会は終わりです」
「え、終わるんか」
「はい」
八郎は大きくあくびをした。
「僕は眠くなりました」
「さっきまで伊東攻めの話をしてたやつが」
「私は四歳児です」
八郎は立ち上がり、当然のように寝所へ向かう。
五郎が呆れて言った。
「戦と借金と鳥獣対策をつないで、最後は眠いから寝るんか」
八郎は振り返らずに答えた。
「寝ないと大きくなれません」
三郎が笑う。
「もう十分でかいこと考えてるわ」
姫君たちも、千代姫も、一郎も、兄たちも笑った。
けれど、笑いながらも皆分かっていた。
八郎の出した鳥獣対策は、ただの農作業の手伝いではない。
侍の借金を減らし、農民の信用を増やし、戦の後方支援まで整える。
また一つ、八郎家の毒が、静かに領内へ広がろうとしていた。




