1534年5月1週目。一郎兄様と千代姫の館でお茶会がてら二郎兄様の結婚について話す。四郎兄様から島津分家の話も聞く。
5月1週目。
帳面合わせの翌日。
八郎は、二郎を除く兄たちを連れて、一郎と千代姫の館へ向かった。
二郎は春姫とともに、しばらく家で落ち着くことになっている。
「一郎兄様」
「千代姉様」
「ちょっと相談です」
八郎がそう切り出すと、一郎はすでに何か察していたように頷いた。
「あれやな」
「俺は細かい事情は全然見えてへんけど」
「一回、二郎のところにしばらく様子見てから挨拶に行った方がええと思う」
八郎は満足そうに胸を張る。
「そうでしょう」
「そこは私も空気を読みました」
「四歳児やのに空気を読んだことを褒めてください」
五郎が呆れる。
「自分で褒めろ言うな」
八郎は構わず続けた。
「何日か、二郎兄様と春姫様をほったらかしにするのが一番やと思ってます」
「春姫様は今、家に戻ってはります」
「多分、他の姫君とも一通り話すでしょう」
「まずはその時間を作る」
「それから改めて、他の兄弟へのお披露目とか、姫様方とのお茶会にする」
千代姫が頷いた。
「その時は、二郎様と春姫様が仲介役になるのがよろしいでしょうね」
「一郎様と私が、こちらでそうしたように」
「はい」
八郎は指を立てた。
「二郎兄様と春姫様が主になって、他の姫様方と兄様方をつなぐ」
「それが一番自然です」
「今回の二郎兄様の婚姻は、かなり色々あったみたいですし」
「三郎兄様と五郎兄様は、その辺よく知ってはりますから」
三郎と五郎は顔を見合わせ、同時に苦笑した。
「いや、あれはな」
三郎が頭をかく。
「見てて、ものすごかった」
五郎も頷く。
「島津本家のプライドとか、家というものについて、めちゃくちゃ考えさせられたわ」
「八郎家では考えられへんような動きが多すぎて」
三郎は少し声を落とした。
「俺らも、さすがに露骨すぎるって何回も言うた」
「最後なんか、そんなに急かすなら、今ここに布団敷いて二人を放り込めばええんか、
みたいなことを、ちょっとキレ気味に言ってもうた」
その場の姫君たちが、そろって引いた顔をした。
千代姫も目を丸くする。
「そこまで」
五郎が大きく息を吐く。
「そこまで追い詰められてたんです」
「肝付の城が落城寸前やったんですよ」
「早馬がばかばか飛んできて」
「肝付が落ちる前に婚姻が決まるかどうかで、島津本家の面子が変わるって」
三郎が続ける。
「ほんまに、狂ったような二日間やった」
「二郎兄さんと春姫様が湯浴みに入って」
「その夜に同じ部屋で話して」
「翌朝には結婚を決めて」
「そこから早馬が三つも四つも飛んでいく」
「俺ら、何を見てるんやろうと思ったわ」
六郎がぽつりと言った。
「大名家の結婚、大変やな」
七郎も頷く。
「飯食って仲良くなったらええ、ってだけやないんやな」
千代姫は静かに言った。
「家の姫として生まれると、どうしても背負うものがあります」
「でも、春姫様はその中で、ご自分の気持ちも選ばれたのでしょう」
三郎は頷く。
「そうですね」
「二郎兄さんも、春姫様が葛藤してるのを見て、かなり考えてました」
「無理に急かしたくない」
「でも、時間もない」
「その狭間で、二人とも大変やったと思います」
その時、姫君の一人が三郎をじっと見た。
「では、三郎様はどうなのですか」
三郎が固まる。
「え」
「そんなに大変、大変とおっしゃいますが」
「三郎様は、いつまで伸ばすおつもりなのですか」
別の姫も乗る。
「気になる女の方はいらっしゃるのですか」
「それとも料理の方が大事ですか」
五郎が吹き出した。
「三郎兄さん、責められてる」
三郎は慌てる。
「いや、俺の話は今してへんやろ」
「でも、大事です」
姫君たちは真顔である。
八郎はにやにやしながら団子を食べている。
「三郎兄様、頑張ってください」
「お前が言うな」
場が笑いに包まれた。
話は次に、四郎、六郎、七郎へ移った。
八郎が尋ねる。
「四郎兄様、分家の方はどうでした」
四郎は少し考えて答えた。
「寺や神社の市の話は、丁寧にすれば聞いてもらえた」
「ただ、城で帳面を開いて借金を見るという話は、やっぱり嫌がられたな」
「自分の苦しいところを見せるわけやから」
「でも、千代姫様との縁もある」
「八郎商会の仕組みを入れた方が、領内が楽になるという話は伝えた」
千代姫が真面目に聞いている。
四郎は続ける。
「それに、防犯対策にもなる」
「普段から館や寺社市へ人が出入りして、顔を合わせる」
「誰が村にいるか、誰が来なくなったか、分かる」
「病や飢えの対策にもなる」
「それから、総力戦になった時」
「米を炊く、鍋を運ぶ、村々の借金帳面を聞く」
「後方支援でも、人が動けば戦い方が変わる」
「うちは物量で押すから、人が要る」
「そう説明した」
一郎は腕を組んで頷いた。
「なるほどな」
「飯炊きも、帳面も、戦力か」
「はい」
四郎は少し照れたように言った。
「宴会は、まだ形だけです」
「うちみたいに、わあわあ人が集まる感じではありません」
「でも、八郎商会の料理を食べられる」
「屋敷にも入れる」
「五十文の元は取れるか、という感じで来る者はいました」
「ただ、島津の館に入る敷居の高さは、まだ課題です」
六郎と七郎は、四郎の話を聞いて、少し感心した顔をしていた。
「横で見てて思ったけど」
六郎が言う。
「これ、自分らがやるの、めちゃくちゃ大変やな」
七郎も頷く。
「五郎兄さんまでの兄様方は混ぜ飯一つから始めて、ようここまでやったな」
「俺ら、その間ずっと寺子屋行ってただけやからさ」
五郎が笑う。
「お前らも、そのうちやるんやで」
「無理やろ」
六郎が即答する。
「でも」
幼い姫君の一人が、六郎と七郎を見た。
「失敗も含めて経験ではありませんか」
「それを、私たちにも教えてください」
六郎と七郎は、同時に固まった。
「え」
「教える?」
「はい」
「失敗した話も聞きたいです」
「うまくいかなかったことも、きっと役に立ちます」
七郎は少し赤くなりながら言った。
「お、教えたってもいいけど」
六郎も慌てて頷く。
「まあ、ぼちぼちなら」
八郎は満足そうに手を叩いた。
「よろしいですね」
「ぼちぼち、ぼちぼちです」
「焦ると根が切れますから」
三郎が顔をしかめる。
「それ、二郎兄さんの言葉やろ」
「いい言葉は共有財産です」
「勝手に使うな」
千代姫はその様子を見て、楽しそうに笑った。
島津本家の姫君たち。
島津分家の千代姫。
八郎家の兄弟たち。
少し前なら、同じ場でこれほど砕けて話すことなど考えられなかった。
けれど今は、飯と帳面と縁談の話で、皆が同じ卓を囲んでいる。
八郎は団子をもう一つ口に入れ、小さく頷いた。
「やっぱり、家族が増えるのはいいですね」
五郎が笑う。
「また毒が広がったな」
「はい」
八郎は胸を張る。
「八郎家の毒です」
「巻き込むな」
兄たちの声に、姫君たちの笑い声が重なった。




