1534年4月4週目。八郎領に八郎家が帰ってくる。二郎兄様と春姫が八郎の父母に報告。一旦落ち着きを見せる。
四月四週目。
島津本家の城は、まだ祝いの熱が残っていた。
二郎と春姫の婚姻。
大隅平定。
八郎の凱旋。
城下では酒と飯が出され、侍たちも商人たちも、どこか浮かれている。
八郎はその様子を見て、満足そうに団子をかじった。
「では、一度帰りましょうか」
三郎が首をかしげる。
「どこへ」
「八郎家です」
「父上と母上に報告します」
「あと、帳面も見ます」
五郎が笑った。
「お前、帳面見るの好きやな」
「好きというか」
八郎は真面目な顔で答える。
「これが根っこじゃないですか」
「うちの八郎家の毒でしょう」
二郎がすぐに言った。
「俺らを巻き込むな」
春姫が小さく笑う。
「毒、なのですか」
「飯と帳面と家族で人を絡め取る毒です」
八郎が胸を張る。
「怖いことを言うな」
三郎が呆れた。
そうして八郎一家は、二、三日かけて本拠へ戻った。
道中は、急ぎではあるが、どこか穏やかだった。
二郎と春姫は馬を並べ、時々、芋の話をしている。
三郎と五郎は、市の話をしている。
八郎はその間で団子を食べたり、帳面役に小言を言ったりしていた。
八郎家へ着くと、母は門先まで出てきた。
「おかえり」
その声を聞いた瞬間、二郎の顔が少し緩んだ。
春姫は丁寧に頭を下げた。
「春にございます」
「このたび、二郎様と」
母はその言葉を最後まで聞く前に、にこっと笑った。
「聞いてるよ」
「よう来てくれたね」
「二郎を選んでくれて、ありがとう」
春姫の目が少し揺れた。
二郎は照れたように下を向く。
母は続けた。
「前に一緒にご飯食べた時から、なんかうまくいきそうやなとは思ってたんよ」
「二人とも、派手に喋るわけやないけど」
「空気が似てたから」
父も奥から出てきて、うんうんと頷いた。
「家の都合も、いろいろあったやろうけどな」
母は春姫の手を取った。
「納得できたんなら、それでええわ」
「ここでは、無理せんでええ」
春姫は、少し俯いた。
「ありがとうございます」
その日の飯は、いつもより少し豪華だった。
白飯。
味噌汁。
焼き魚。
芋。
鶏の煮物。
そして、祝いとして甘い団子が出された。
八郎は団子を見て、真っ先に手を伸ばした。
「これは私の分です」
「誰も取らん」
五郎が突っ込む。
食卓は賑やかだった。
父が二郎へ酒をすすめ、母が春姫の椀へ味噌汁を足す。
三郎が料理の味を気にし、五郎が城下の市の話をし、八郎が大隅の帳面の話をしようとして
母に止められる。
「今日は帳面は後」
「祝いの日やからね」
「はい」
八郎は素直に頷いた。
春姫はその様子を見て、胸の奥が温かくなった。
島津本家の祝いは大きかった。
家の面目も、早馬も、侍女たちの慌ただしさもあった。
けれど、ここには別の温かさがあった。
食卓に座る場所がある。
誰かが椀を足してくれる。
笑って突っ込まれる。
それだけのことが、春姫には不思議なほど嬉しかった。
翌日、春姫は島津本家から来ていた姫君たちにも顔を出した。
本家の姫たちは、春姫を見るなり集まってきた。
「姉様、おめでとうございます」
「本当に決められたのですね」
「これで、いろいろな圧から解放されますね」
春姫は苦笑した。
「解放はされますけれど」
「私は私で、お父様方との連絡係になりそうです」
「本家と八郎家の間を、行ったり来たりすることになるかもしれません」
妹姫たちは顔を見合わせ、それから少し楽しそうに笑った。
「では、またご飯会をしてください」
「三郎様と五郎様も呼んでください」
「八郎様も」
春姫は目を丸くする。
「なぜそんなに元気なのですか」
一人の姫が笑った。
「だって、春姉様が道を作ってくださったのですもの」
「私たちも、少し息がしやすくなりました」
別の姫も頷く。
「家のためだけではなく、自分で相手を見る」
「それを春姉様がなさったのです」
春姫は少し照れた。
「大げさです」
「大げさではありません」
妹姫たちは口々に言う。
「今度は、三郎様の料理の話をもっと聞きたいです」
「五郎様の市の話も」
「四郎様や六郎様、七郎様の話も」
「八郎様の毒の話も」
春姫はつい笑ってしまった。
「毒は、あまり真似しない方がよいと思います」
その後、春姫は二郎のいる部屋へ戻った。
二郎は荷物を整理しながら、芋の苗の帳面を見ていた。
「また帳面ですか」
春姫が言うと、二郎は少し照れた。
「芋の分です」
「島津本家へ送る分と、こちらで残す分を分けないと」
「そうですね」
春姫は隣に座った。
「私たちは、しばらくここで暮らすことになるのですね」
「たぶん」
二郎は頷く。
「父上と母上に挨拶もできましたし」
「荷物を整えて、島津本家と行ったり来たりすることになると思います」
春姫は息を吐いた。
「この一月が、とても長く感じました」
「私もです」
「戦があり、縁談があり、湯浴みがあり、布団があり」
二郎が真っ赤になった。
「そこは言わんでええです」
春姫はくすりと笑った。
「でも」
「八郎様の家は、皆様、優しいです」
二郎は少し考えた。
「そうですか」
「はい」
春姫は真面目に頷いた。
「人が近いのです」
「言いたいことを言う」
「でも、傷つけようとしていない」
「それが、私にはとてもありがたいです」
二郎は静かに聞いていた。
それから、少しだけ笑った。
「春姫様も、もう家族ですから」
春姫はその言葉を聞いて、目を細めた。
「はい」
「家族に、なりました」
外では八郎が、三郎と五郎に向かって何かを言っていた。
「では次は、妹様方の縁談と、市と芋と芋焼酎を順繰りに」
「一回休め」
「私は四歳児です。きちんと昼寝しながら回しています。」
「都合のいい時だけ四歳になるな」
春姫はその声を聞きながら、また笑った。
この家に来てよかった。
そう思えたことが、何より嬉しかった。




