1534年4月4週目。島津本家に凱旋。二郎兄様と春姫の婚姻祝い。一旦八郎領で父母へ挨拶の後行き来しますか?と提案。
四月四週目。
八郎は、大隅での一週間を終え、島津本家へ戻った。
ゆっくり帰るつもりではあった。
だが、二郎と春姫の祝いがある。
ゆっくりしながらも、どこか急ぐという、妙な帰り道になった。
島津本家の城下へ入ると、空気はすでに祝いの色に染まっていた。
門前には幟が立ち、城下では酒と飯が出ている。
春姫と二郎の婚姻。
大隅落城。
八郎の凱旋。
どれを祝っているのか分からないくらい、皆が浮かれていた。
八郎は城へ入るなり、二郎と春姫を見つけて、ぺこりと頭を下げた。
「二郎兄様、春姫様」
「おめでとうございます」
春姫は少し照れたように笑った。
「八郎様こそ、大隅平定、おめでとうございます」
二郎も頷く。
「無事でよかった」
「私は四歳児ですので、無茶はしません」
「一番無茶をする四歳児やろ」
五郎がすぐ横から突っ込んだ。
三郎も笑う。
「こっちはこっちで、二郎兄さんの婚姻で持ちきりやったけどな」
八郎はにこにこして頷いた。
「忠良様は、むちゃくちゃ喜んで、さっさと帰りましたからね」
「決まるまでは、ものすごくおどおどしておられましたけど」
春姫が少し申し訳なさそうに父の方を見た。
忠良は少し離れた上座で、顔を赤くして酒を飲んでいる。
「いや、まあ、あれはな」
忠良は咳払いをした。
「家として、大事な時機であったからな」
八郎は平然と続けた。
「だから私も、向こうで宴会を一日多めにやりました」
二郎が目を丸くする。
「城攻めの最中に宴会してたんか」
「はい」
「たくさんの兵で囲んで宴会すると、城の中の兵が逃げていくんです」
「何を言うてるんや」
「実質、戦ったのは一刻くらいですよ、多分」
春姫が思わず口元を押さえた。
三郎も五郎も笑う。
「それ、島津の無駄遣いちゃうんか」
「いえいえ」
八郎は首を振った。
「島津の兵がきちんと囲んでくださるから、城の中の人が精神的に疲れるんです」
「飯と酒だけでは落ちません」
「武の圧があって、飯の匂いが効くんです」
忠良は酒を飲みながら、少し誇らしげに頷いた。
「そう言われると悪くないな」
実久が横で笑う。
「ええように使われとるだけじゃぞ」
場が笑いに包まれる。
その後、話は島津本家での市へ移った。
三郎が大きく息を吐く。
「いや、こっちも大変やったで」
五郎も頷いた。
「最初はほんまに上からやった」
「市を開いても、なんで八郎商会の飯を食わなあかん、みたいな顔やし」
「寺社市なんか、本当に動くのかという感じでした」
八郎は興味深そうに聞いている。
「それで、どうなりました」
三郎は少しにやりとした。
「何日か市を動かして、帳面を見せて、借用書を消した」
「そこからは早かった」
五郎も続ける。
「それに、二郎兄さんと春姫様の婚姻が決まって、早馬が飛んで、大殿様が戻ってきて」
「一気に空気が変わった」
「受け入れ方が全然違う」
「婚姻関係って大事やな」
八郎は真面目な顔で頷いた。
「だから言うたでしょう」
「飯と帳面と婚姻です」
「国はこの三つで動きます」
「四歳児が言う言葉やない」
実久が呆れた。
その時、八郎は二郎と春姫へ向き直った。
「それで、どうされます?」
「しばらくこちらで暮らして、妹様方の縁談関係を進めますか」
「それとも一度、父上と母上に挨拶へ戻って、荷物をまとめて、改めてこちらで動きますか」
忠良がすぐに身を乗り出した。
「それがいい、それがいい」
貴久も横で頷く。
「一度、ご実家へご挨拶なさるのが筋でしょう」
忠良はすっかり上機嫌で、二郎へ向かって言った。
「ついでに芋焼酎も取りに帰ってくれ、息子よ」
二郎が固まった。
「もう息子になってますやん」
五郎が吹き出す。
春姫も笑った。
忠良は胸を張る。
「めでたいことじゃ」
「めでたいんですけど」
八郎は少しだけ真面目な顔になった。
「春姫様は、結構頑張られたと思いますよ」
場の空気が少し落ち着く。
忠良は春姫を見る。
「それは、申し訳なかった」
「家の都合で振り回した」
「だが、春姫が自分で決めてくれたおかげで、こちらとしては本当に心が安まった」
春姫は静かに頭を下げた。
「私も、自分で決めました」
「だから、大丈夫です」
二郎はその隣で、少しだけ誇らしそうに座っていた。
忠良は頷く。
「ならば、行ったり来たりでもよい」
「一度向こうへ顔を出し、父母殿に挨拶し、状況を話す」
「それからまたこちらへ来ればよい」
「他の姫たちもおる」
「まだ縁を作る必要もあるからな」
八郎がすぐに言った。
「船を使いますか」
「歩くの、大変だったでしょう」
忠良の目が輝く。
「ああ、それもいい」
「船なら芋焼酎もたくさん運べる」
三郎が笑う。
「芋焼酎の話ばっかりじゃないですか」
「大事じゃ」
忠良は真顔で言った。
「芋焼酎は、島津の未来に関わる」
五郎が肩を震わせる。
「春姫様の婚姻祝いの話から、いつの間にか酒の運搬計画になってますよ」
八郎は満足そうに頷いた。
「よろしいですね」
「婚姻、芋、酒、船、市」
「全部つながっています」
「つなげるな」
二郎が小さく突っ込むと、春姫が楽しそうに笑った。
その笑いを見て、忠良も、貴久も、三郎も五郎も、少し安心した顔をした。
島津本家の城は、祝いの声に包まれている。
大隅の戦は終わった。
市は動き始めた。
二郎と春姫は家族になった。
そして次に運ばれるのは、祝いの荷と、芋焼酎であった。
八郎は団子を一つ口に入れ、満足そうに言った。
「めでたい時は、甘いものと酒です」
「私は酒は飲めませんけど」
実久が笑った。
「四歳児じゃからな」
「はい」
八郎は胸を張った。
「私は四歳児です」
今度ばかりは、誰も強く突っ込まなかった。




