1534年4月2週目末。落城後の大隅国の市をさっさと立ち上げる。忠良は島津本家の祝いのために帰宅。
肝付の城が落ちたその日のうちに、八郎は休む間もなく早馬を集めた。
「馬を惜しまないでください」
「大げさなくらい飛ばしてください」
「八郎領へ」
「島津本家へ」
「島津分家へ」
「商会の主だった者へ」
「全部、別便で出します」
実久が呆れたように見下ろす。
「城が落ちたばかりじゃぞ」
「だからです」
八郎は帳面を開いた。
「大隅国、十七万石分が落ちました」
「ここを立ち上げるには、早さが大事です」
早馬に持たせる文には、八郎自ら口頭で要点を告げた。
「大隅国十七万石、八郎領として預かる」
「すぐに市を稼働させる」
「市を回せる者を大量に寄越してください」
「飯屋、帳面役、仕入れ役、荷運び、銭箱番、揉め事を収める者」
「全部要ります」
「ついでに、仕入れの品もこちらへ回してください」
「米、味噌、塩、干物、芋、酒、布、鍋、椀、薪」
「あるだけ、とは言いません」
「普段の市を止めない範囲で、余りを順繰りに回してください」
使者が必死に頷く。
八郎はさらに続けた。
「八郎領からだけではありません」
「島津本家、島津分家からも、余裕があれば回してください」
「ただし、今動いている市を止めてはいけません」
「まず普段の市が第一です」
「その上で余剰があれば、大隅へ融通してください」
「順繰りです」
「順繰りに回してください」
実久が苦笑した。
「また順繰りか」
「順番です」
八郎は真顔で答えた。
「一気に全部持ってきたら、元の場所が痩せます」
「痩せた場所を作ったら、後でそこが揉めます」
「だから順繰りです」
その言葉に、商会の者たちは一斉に帳面へ書きつける。
次に八郎は、船の話を始めた。
「先々、船が要ります」
「肥後、薩摩、大隅」
「この三つを、うちと同盟先で構えることになります」
「陸だけでは遅い」
「交易船、荷船、漁船も使えるものは使ってください」
「肥後から薩摩へ」
「薩摩から大隅へ」
「分家経由、本家経由、港経由」
「そこは皆さんでうまいことやってください」
商人の一人が顔を引きつらせる。
「うまいこと、と言われましても」
「帳面があります」
八郎はにこりと笑った。
「船賃も、荷の傷みも、途中の飯代も、全部つけてください」
「儲かる形にします」
「ただし、ぼったくりはなしです」
「今は大隅を立ち上げる時ですから」
城の中では、まだ武具を集め、倉を確認し、捕虜を分けている最中だった。
だが八郎の頭は、もう戦後の一週間へ向いていた。
「目先は市です」
「とにかく市を動かします」
「宴会もします」
「帳面も開きます」
「宴会と帳面を同時にやります」
忠義様が眉を寄せた。
「宴会と帳面は、並ぶものなのか」
「並びます」
八郎は当然のように言った。
「飯と酒で人を集めて、そこで話を聞きます」
「借金はありますか」
「年貢の未納はありますか」
「種籾の付けはありますか」
「侍に貸しているものはありますか」
「商人に押さえられているものはありますか」
「全部聞きます」
「腹が減っていたら、人は正直に話せません」
実久様が頷く。
「それは分かる」
八郎は今度、島津の侍たちへ向き直った。
「お侍さん方も手伝ってください」
「敵を斬る仕事は、今日は終わりました」
「次は言い回る仕事です」
侍たちは顔を見合わせる。
「言い回る、とは」
「村々へ行ってください」
「戦は終わりました」
「ここはこれから八郎領になります」
「帳面を出してください」
「借金がある者は隠さず出してください」
「年貢で困っている者も出してください」
「八郎商会が仕入れます」
「市で売ります」
「売れた分で銭を回します」
「借金を消しにいきます」
「そう伝えてください」
「金は出します」
「飯も出します」
「今まで苦労があったかもしれません」
「そこを何とかしていくのが、八郎領です」
侍の一人が戸惑いながら言った。
「我らは、戦うために来たのですが」
「はい」
八郎は頷いた。
「だから、今度は戦わずに済ませるために動いてください」
その言葉に、何人かの侍が黙り込んだ。
実久が笑う。
「お前ら、従っておけ」
「この四歳児は、こうやって国を取る」
「斬った数より、帳面を出させた数の方が大事になるぞ」
忠良は、帰り支度をしながらも、少しだけその様子を見ていた。
「本当に、城を落としてからの方が騒がしいな」
「ここからが本番です」
八郎はそう言って、最後の早馬を送り出した。
馬が土を蹴り、街道へ消えていく。
大隅十七万石を動かすための知らせが、四方へ散っていった。
その後、八郎はようやく腰を下ろした。
帳面役がまだ周囲で走り回っている。
商人衆は倉を確認している。
侍たちは不慣れな顔で村へ向かう準備をしている。
実久が横に座った。
「で、次は何をする」
八郎は少し考えた。
「団子を食べます」
「は?」
「頭を使いました」
「糖分が要ります」
近くにいた者が慌てて味噌団子を持ってくる。
八郎はそれを受け取り、もぐりと食べた。
「うん」
「勝った後の団子はうまいです」
実久様は呆れて笑った。
「肝付を落として、大隅十七万石を帳面に入れて、最後は団子か」
八郎は口元に味噌をつけたまま言った。
「飯屋の子ですから」
「私は四歳児です」
「都合のいい時だけ四歳になるな」
周囲に笑いが起きた。
その笑いの中で、大隅の市は、まだ形もないまま、もう動き始めていた。




