1534年4月2週目。芋の作付けの調べに来ている二郎と春姫。庄屋のせがれと結婚させられると陰口を叩かれキレる島津本家に対して制して芋焼酎と芋を渡し目的を丁寧に話す二郎。
二郎は春姫とともに、島津本家領の畑を見て回っていた。
芋の苗をどこへ植えるか。
水はけはどうか。
米に向かない土地がどれだけあるか。
そういう話をしながら、庄屋や農民たちの案内を受けて歩く。
春姫は丁寧に話を聞き、二郎は土を手に取って、指の間でほぐした。
「ここは少し水が多いです」
「では、芋には向きませんか」
「全く駄目ではないですけど、もう少し高いところの方がいいと思います」
春姫は頷き、後ろの者に場所を控えさせる。
その様子を、農民たちは少し離れたところから見ていた。
やがて、一人がぼそりと言った。
「春姫様や」
「庄屋の小せがれのところに嫁がされそうになっとるらしいで」
「なんで由緒あるお姫様が、そんなところへ嫁がなあかんねん」
その声は、決して小さくはなかった。
春姫の肩がわずかに揺れる。
侍女が顔色を変えた。
「やかましい!」
付き添いの侍が前へ出る。
「こちらはこちらで大事な時期なのだ!」
「春姫様へ何たる口の利き方か!」
「叩き斬るぞ、お前ら!」
農民たちは一斉に身をすくめた。
二郎は慌てて手を上げた。
「いやいや、そんな物騒なこと言わんといてください」
侍はまだ怒っている。
「しかし、二郎殿」
「いいです」
二郎は農民たちの方へ向き直った。
「言われるのも分かります」
春姫が驚いたように二郎を見た。
二郎は少し困った顔で続ける。
「急に、どこの誰かもよく分からん者が来て、芋を植えるだの、市を開くだの、
姫様と縁だの言うたら、そら気味悪いでしょう」
農民たちは顔を見合わせる。
二郎は荷を持っていた者に合図した。
「とりあえず、これを飲んでみませんか」
壺が一つ、前に出された。
「芋焼酎です」
「焼酎?」
農民の一人が首をかしげる。
別の供の者が、籠から焼いた芋を取り出した。
「焼きたてではありませんが、これが今度植える苗からできた芋です」
そう言って、芋を半分に割る。
中はほくりと柔らかく、ほんのり黄色い。
湯気はもうほとんど立っていないが、甘い匂いがした。
「いい色でしょう」
「ほんまや」
「うまそうな匂いがする」
「甘そうやな」
農民の一人が恐る恐る受け取り、口にした。
目が変わる。
「うまい」
「ほら、こっちも食うてみい」
芋はあっという間に回された。
二郎は続けて、杯に少しだけ芋焼酎を注いだ。
農民が一口含む。
「うわ、きつっ!」
周囲が笑う。
二郎も少し笑った。
「水で薄めて飲むといいです」
「井戸の水、ありますか」
「ある」
農民が慌てて水を汲んできた。
薄めた芋焼酎を、改めて飲む。
今度は顔が変わった。
「……うまいな」
「なんやこれ、まろやかや」
「香りはきついけど、水で割ると飲める」
「言葉が出てくる酒やな」
「ええ酒や」
二郎はほっと息を吐いた。
「これを作るために、皆さんにもお願いしたいんです」
「これを植えるんか」
「はい」
「米とは違うんか」
「違います」
二郎は土を指で示す。
「米は水が要ります」
「でも芋は、米に向かない畑でも育てられることがあります」
「水はけが良すぎて米が難しいところ」
「痩せた土地」
「そういうところで試します」
農民たちは顔を見合わせた。
「島津の領で、それをやるんか」
「はい」
「島津本家は十四万石あります」
「そこで少しずつ植えます」
「八郎領では、今年、四十万石分で試すことになります」
「四十万石?」
「八郎領って、そんなに大きかったんか」
二郎は少し困ったように頭をかいた。
「なんか、大きくなりました」
「私も、もともとは庄屋の次男です」
「ここ二年くらいで、急に大きくなって、私も驚いています」
「でも、やってることはあまり変わりません」
「米を作る」
「畑を見る」
「飯を食べる」
「最近は、水車の回る力で、杵をかこんかこん動かすようなものを、職人さんに
作ってもらっています」
農民たちの目が丸くなる。
「そんなものがあるんか」
「八郎が考えて、職人さんが無理やり形にしています」
「今は芋です」
二郎は焼き芋を指差した。
「芋が甘くてうまいというので、琉球から取り寄せました」
「試しに苗を植えて、芋ができた」
「それで、芋で焼酎を作りました」
「肥後には米焼酎という強い酒を作る技術があります」
「それを芋でやってみたら、この香りと、水で割った時のまろやかさがいける、と」
供の者が楽しそうに言う。
「冬場は、お湯で割ると美味しいらしいですよ」
農民が杯を見つめる。
「確かに、これは酒が進むわ」
「濃い飯が食いたくなる」
「でも飯がなあ」
二郎はそこで、少しだけ背筋を伸ばした。
「飯は、八郎商会が濃い飯を作っています」
「市で食べてもらえます」
「わしら銭ないぞ」
「これから銭を回すために、私たちも来ています」
「米や野菜や芋を、ちゃんと価値あるものとして仕入れます」
「現物で払えるものは現物で見ます」
「借金も、帳面に出してもらえれば、少しずつ返せるようにします」
「そうすれば、市で飯も食べられるようになると思います」
農民たちは、さっきまでの敵意をどこへやったのか、焼酎の壺を大事そうに見ていた。
一人が急に頭を下げる。
「二郎様」
「先ほどは失礼を申しました」
「いや、いいです」
「この焼酎、いただいてよろしいので」
「贈答用ですけど、差し上げます」
「偉い方が飲むやつです」
その言葉に、農民たちはさらに恐縮した。
「ありがとうございます」
「大事にさせていただきます」
「壺は家宝にします」
「壺は返さなくていいんですか」
「いいです」
「家宝にします」
二郎は困った顔で笑った。
春姫も、つい笑ってしまった。
さっきまで自分の縁談を陰で言われて、胸が苦しかった。
けれど、二郎は怒らなかった。
芋を割り、酒を出し、畑の話をした。
そして、農民たちはいつの間にか二郎に頭を下げている。
春姫はその様子を見ながら、静かに思った。
この人は、強く怒鳴る人ではない。
でも、土と飯と酒で、人の心を少しずつ柔らかくする。
八郎様とは違う。
派手ではない。
けれど、確かに八郎家の人なのだ。
農民たちが何度も頭を下げながら去っていく。
「二郎様、芋、楽しみにしております」
「春姫様も、先ほどは失礼を」
春姫は穏やかに頷いた。
「よい芋が育つよう、私も励みます」
農民たちは嬉しそうに笑い、芋焼酎の壺を抱えて帰っていった。
その後ろ姿を見送りながら、春姫はまた少し笑った。
「家宝になるそうです」
二郎は照れたように頭をかいた。
「壺がですかね」
「それとも芋焼酎がですかね」
「どちらも、かもしれません」
二人は顔を見合わせ、今度は一緒に笑った。




