1534年4月2週目。肝付の城を囲み3日目。周辺の国人衆が八郎軍に挨拶に来る。降伏する様を大声で城へ伝え続ける。島津本家も分家も敵でなくてよかったと思うwww
肝付の城を囲んで三日目。
城の外では相変わらず飯が炊かれていた。
朝は七の兵で圧をかけ、夜は三の兵で松明と太鼓を絶やさない。
攻め込まない。
だが眠らせない。
飢えさせない。
ただ、城の中だけをじわじわと孤立させていく。
そんな陣へ、周辺の国人衆が次々と挨拶に来るようになった。
最初は一人。
次に二人。
その翌日には、使者を立てる者まで現れた。
肝付に兵を送らず、中立を決め込んでいた者たちである。
彼らは遠巻きに様子を見ていた。
七千の連合軍。
島津本家と分家が並ぶ異様な光景。
その中心で、四歳児が飯を炊き、銭を払い、村人の借金を帳面につけている。
国人衆からすれば、見たことのない戦だった。
「八郎様に、ご挨拶を」
年配の国人が深く頭を下げる。
八郎は小さな座に座り、いつものように帳面役を横に置いていた。
「よく来てくださいました」
「まず飯をどうぞ」
「話は腹に入れてからです」
そう言われ、国人衆は困ったように笑った。
敵とも味方とも決めていない相手に、まず飯を食わせる。
その時点で、すでに八郎の場だった。
飯が終わると、八郎は静かに切り出した。
「私は、皆様の家臣団を責めるつもりはありません」
国人衆の顔が少し上がる。
「どこの領も似ています」
「城の借金」
「侍衆の借金」
「農民の借金」
「商家衆への付け」
「ほとんどの領が、借金漬けです」
「八郎領も、借金漬けの土地を取って、帳面を開いて、飯を回して、少しずつ整えてきました」
八郎は帳面を軽く叩いた。
「ただし、誰かが責任を取らなければなりません」
国人衆の顔が硬くなる。
「来ていただいている領主の方には、その土地の責任を取っていただきます」
「具体的には、今の土地からは離れていただくことになります」
空気が凍った。
しかし八郎は、すぐに続けた。
「その代わり、八郎領の中で働いていただけるなら、その分のお支払いをします」
「武を生かすなら武で」
「帳面を見られるなら帳面で」
「村をまとめられるなら代官役で」
「使い道はあります」
「ですが、元の土地に元のまま残ることはできません」
「うちが引き受けるのは、土地だけではありません」
「城の借金」
「侍衆の借金」
「農民の借金」
「庄屋衆の付け」
「それらを全部、八郎商会が抱えます」
「だから、その代わりに土地をいただきます」
国人衆の一人が震える声で言った。
「そこまでしていただけるのですか」
「はい」
「ただし、帳面は全部出してください」
「隠した借金が後から出ると、民が苦しみます」
「それは困ります」
一人はその場で頭を下げた。
「お願いします」
「我らは、もう自力では立て直せません」
別の者は唇を噛みしめた。
「少し、考えたい」
八郎は頷いた。
「考えるのはよいです」
「ですが、今この七千の軍が肝付の城を囲んでいます」
「この軍がこのまま居座れば、皆様の立ち位置は難しくなります」
「民が難民としてこちらへ流れてきたら、私は拾わざるを得ません」
「飯を出し、帳面をつけ、借金を見ます」
「そうなれば、民の心はどちらへ向くでしょう」
その問いに、誰も答えられなかった。
しばらくして、考えたいと言った国人も深く頭を下げた。
「……もう、うちでは抵抗できません」
「降ります」
こうして、肝付本城が落ちる前に、周辺の国人衆が一つ、また一つと八郎の傘下へ入っていった。
しかも八郎は、その知らせを隠さなかった。
むしろ大きく知らせた。
陣の外れに立て札が立つ。
使番が声を張る。
「某村、某領主、八郎様へ帳面提出!」
「城借金、侍借金、農民借金、八郎商会が確認!」
「民へ飯を出し、借金整理を始める!」
その声は、肝付の城壁にも届いた。
城兵たちは櫓の上で顔を見合わせる。
「周りの国人衆が降ったらしい」
「肝付より先にか」
「うちだけ残るのか」
外では飯の匂いがする。
国人衆が八郎に頭を下げている。
村人たちが握り飯を受け取っている。
そして、自分たちは城の中で矢と兵糧を数えている。
戦意は、矢より早く減っていった。
島津本家の忠良は、その様子を見て低く呟いた。
「また、いやらしい攻め方をする」
実久が笑う。
「じゃろう」
「城を攻める前に、城の外を全部取っていく」
「敵じゃなくてよかったわ」
貴久も苦笑した。
「我らが城に籠もっておったら、たまらんでしょうな」
八郎は味噌汁の椀を持ったまま、平然と言った。
「あと三日か四日」
「それで攻めます」
「攻めるのか」
忠良が目を細める。
「はい」
「矢を撃たせました」
「眠らせませんでした」
「周囲の国人衆も揺れました」
「民の帳面も見えました」
「ここで一度、城の中に決断してもらいます」
「降るならよし」
「逃げるなら追いません」
「戦うなら、こちらも動きます」
本家の侍たちは黙った。
実久様は杯を手に、楽しそうに笑う。
「ほんまに敵じゃなくてよかったな」
忠良は腕を組み、肝付の城を見上げた。
「まったくだ」
「あれを相手にするくらいなら、芋焼酎を飲んで味方でいる方がよほどよい」
八郎は少し不満そうに言った。
「皆様、毒みたいに言わないでください」
「毒じゃろう」
「違います」
「飯と帳面です」
実久が肩をすくめる。
「だから怖いのじゃ」
その日も、八郎の陣では飯が炊かれた。
そして肝付の城では、湯気の向こうでまた一つ、兵の心が折れていった。




