1534年4月1週目。八郎連合軍の行軍道中。銭をばらまく八郎と安心する民に焦る島津本家の面々。二郎と姫との婚姻をマジで焦るwww
島津本家の兵と合流してから、軍はさらに二日、三日とかけて肝付との境へ進んだ。
八郎軍、島津分家の兵、島津本家の兵。
合わせて七千近い軍勢である。
だが、その行軍は普通の戦とは違っていた。
道々、米を買う。
味噌を買う。
野菜を買う。
鶏を買う。
干物を買う。
しかも値切らない。
むしろ相場より少し高く払う。
「八郎様、ありがとうございます」
「八郎様のおかげで、今年は少し楽になります」
「子どもに白飯を食わせられます」
道沿いの村人たちは、手を合わせるように頭を下げた。
八郎は小さな輿の上から、にこにこと手を振る。
「こちらこそ助かります」
「飯がなければ軍は進めません」
「良い米をありがとうございます」
そのたびに村人たちが笑う。
子どもたちまで、八郎の輿を追いかけるように走ってくる。
「八郎様や」
「小さいのに偉い人や」
「四歳児です」
八郎がそう答えると、兵たちの間から笑いが起きた。
だが、その光景を見て、忠良と貴久は複雑な顔をしていた。
ここは島津本家の領地である。
本来なら、島津の兵が通るだけで民が顔を上げるはずだった。
それが今、声が上がるのは八郎である。
しかも、恐れではない。
安心の声だ。
「……恐ろしいな」
忠良がぽつりと呟いた。
貴久も頷く。
「自分たちの領地を横切られるだけで、これほど四歳児に声が上がるとは」
「銭を持っておる、ということが、これほど民の安心になるとはな」
忠良は八郎軍の荷駄を見た。
米俵。
味噌樽。
銭箱。
帳面役。
飯炊きの女衆。
鍋。
普通の軍なら槍と弓が目立つ。
だが八郎軍は、飯と帳面と銭が目立つ。
「味方でよかった」
貴久が低く言った。
「まことにな」
忠良は苦笑する。
「敵なら、こちらの民の心を先に取られる」
「帰ってきた頃には、島津本家でも市が回っておるでしょうな」
「そうなれば、ますます八郎商会の市を回さざるを得なくなる」
「帳面も銭も、結果的には八郎殿に握られる」
「分かっていても、断れぬ」
忠良は近くの家臣を呼んだ。
「早馬を多く回せ」
「本家へも、姫のもとへも、細かく送れ」
「二郎殿と姫の様子は必ず見ておけ」
「はっ」
「もし、婚姻できそうな雰囲気なら」
忠良は少し声を落とした。
「家臣たちで囲んででも、婚姻まで持っていけ」
家臣が目を丸くした。
「それは、姫様の本意にならぬのでは」
「本意になる、ならぬではない」
忠良は厳しい顔で言った。
「肝付が落ちる前に婚姻を結ぶのと、落ちた後に結ぶのでは、島津本家の見え方がまるで違う」
「八郎殿が大隅まで取った後では、こちらから差し出したように見える」
「今なら、まだ同盟の縁に見える」
貴久も頷いた。
「二人の時間を作れ」
「畑を見る名目でもよい」
「芋の苗を見る名目でもよい」
「知らぬふりをして、一緒の席に座らせろ」
「できる範囲でよい」
「だが、できることは全部やれ」
家臣は深く頭を下げ、すぐに馬の方へ走っていった。
それを横目で見ていた八郎が、にこりと笑う。
「やっぱり、そこは気になりますよね」
「当たり前じゃ」
忠良は即答した。
貴久も苦い顔で頷く。
「当たり前です」
「なんなら、肝付をゆっくり落としてほしいくらいです」
八郎は少し首をかしげた。
「でも、倍近い兵で行きますし」
「肝付側の懐具合は分かりませんが、農民が飢えているなら早いですよ」
「こちらが飯を炊き出したら、地元の住民が集まり出します」
「そうなると、城の兵も見ます」
「自分たちの外で飯が配られている」
「銭が払われている」
「逃げても殺されない」
「これを見せると、早いです」
忠良が頭を抱えた。
「だから困っておるのじゃ」
貴久も苦笑した。
「戦が強いのではなく、戦になる前に相手が崩れる」
「阿蘇と同じです」
八郎は悪びれずに言った。
「人が死なない方がよいですから」
そこへ実久が笑いながら近づいてきた。
「分かるわ」
「その気持ちはよう分かる」
忠良が顔をしかめる。
「お前は余裕でよいな」
「千代姫が先に一郎殿と結ばれておるからな」
「そうじゃ」
実久は杯を掲げるように手を振った。
「千代が嫁いでおらなんだら、わしも今ごろ胃が痛くてたまらんわ」
「今はこうして、芋焼酎を楽しめる」
「腹立つな」
忠良が低く言うと、実久はさらに笑った。
「まあ飲め」
「焦っても肝付は待ってくれん」
「なら、芋焼酎で気晴らししながら進むしかあるまい」
忠良が杯を受け取り、薄めた芋焼酎を口にした。
「……うまいな」
「じゃろう」
実久が得意げに言う。
「八郎殿の毒じゃ」
「毒という言い方はやめてください」
八郎がすぐに抗議した。
「これは芋文化です」
「同じようなものじゃ」
「違います」
三人のやり取りに、周囲の侍たちも笑った。
本家と分家。
旧敵同士。
互いに腹の内を探り合いながらも、同じ酒を飲み、同じ飯を食い、同じ敵へ向かう。
その中心で八郎は、また道端の農民から米を買っていた。
「良い米ですね」
「これなら兵が喜びます」
忠良その背中を見ながら、ため息をついた。
「ほんまに、味方でよかった」
貴久が静かに頷く。
「そして、早く縁を結ばねばなりませぬ」
「そうじゃ」
忠良は遠くを見る。
「肝付が落ちるより先に」
その横で実久だけが、余裕たっぷりに芋焼酎をもう一口飲んだ。
「まあ、焦れ焦れ」
「先に焦った者の気持ちを、少しは味わうがよい」
「お前、ほんま腹立つな」
そう言いながらも、忠良も杯を空けた。
行軍は続く。
飯を買い、銭を払い、民の声を集めながら。
肝付との境は、もう近かった。




