1534年4月1週目。島津分家の領分を抜けて島津本家の城近くに陣を張り、連合軍として芋焼酎を呑みながら話す面々。
島津分家の領内を二、三日で抜けた頃、後方から二郎と島津本家の姫君が追いついてきた。
その足で、三郎と五郎も島津本家領へ入る。
八郎軍は本家の城近くで一日だけ歓迎を受けることになった。
城の広場には、島津本家の侍衆と、分家の侍衆、そして八郎軍の者たちが入り混じっている。
ついこの間まで互いに睨み合っていた者たちもいた。
本家の年配の侍が、分家の侍を見て少し嫌な顔をする。
分家の侍も、それに気づいて鼻を鳴らした。
「我らが一緒に戦うとは、不思議な話じゃな」
「ほんまにな」
本家の侍が腕を組む。
「八郎殿の飯と市の毒に侵されたか」
「仕方あるまい」
分家の侍は肩をすくめた。
「飯は美味い。借金は減る。湯浴みは気持ちええ。毒と言われても、抜け出せん」
本家の侍がふんと笑う。
「それで、これが噂の芋焼酎か」
八郎が持ち込ませた壺が開かれ、薄めた芋焼酎が杯に注がれていた。
分家の侍が得意げに言う。
「飲んでみい。これはうまいぞ」
本家の侍が一口飲む。
一瞬、眉を寄せる。
だがすぐに目を見開いた。
「……分かる」
「やろう」
「これは、癖になる味じゃ」
「そうやろう。芋が銭になる意味が分かるやろう」
二人がそんなふうに話しているのを、周囲の兵たちは不思議そうに眺めていた。
今までならありえない光景だった。
本家と分家の侍が、同じ酒を飲み、同じ敵へ向かう。
その中心にいるのは、四歳の八郎である。
八郎はその様子を見て、小さく頷いた。
「よろしいですね」
「何がよろしいんや」
五郎が尋ねる。
「芋焼酎で話が始まっています」
「戦より先に酒で和むのか」
「和んだ方が連合軍は動きやすいです」
三郎が苦笑した。
「ほんまに何でも飯と酒にするな」
「大事です」
その後、八郎は本家の者たちへ改めて説明した。
「二郎兄様と姫様には、芋をゆっくり進めていただきます」
「畑を見て、苗を見て、水の具合を見てください」
「急がなくていいです」
「その代わり、ちゃんと根付かせてください」
二郎の隣にいた姫君は、静かに頭を下げた。
「承知しました」
二郎も少し照れながら頷く。
「畑のことなら、できる限り見ます」
「三郎兄様は市の飯」
「五郎兄様は寺社市」
八郎は次々に割り振る。
「本家様には、まだ早いかもしれませんが、城を少しずつ開いていく形も考えていただきたいです」
「週五日は希望者で槍と弓の訓練」
「週二日は宴会、いえ、ご飯会」
「その中で帳面を見せ、借金の状況を皆で確認する」
「城を、ただ偉い人がいる場所ではなく、民が顔を出せる場所にしていきたいのです」
本家の若い侍が眉をひそめた。
「子供の言うことで、城をそんなふうに開けと申すか」
「我らは城で働くことに誇りを持っておる」
別の侍が続ける。
「誇りで飯が食えるか」
それを遮ったのは、本家側の重臣だった。
「だからこそ、八郎殿にお願いして、市と援軍の話をしておるのじゃ」
侍たちは黙る。
八郎は軽く頭を下げた。
「急に納得していただかなくても構いません」
「ゆっくりでいいです」
「ただ、市が動けば、農民と庄屋衆の借金が鬼のように消えていくのを目の当たりにします」
「そうなれば、驚くと思います」
本家の侍が鼻で笑いかけた。
八郎は先に続けた。
「ちなみに、島津分家の七万石ほどの領内では、農民と庄屋衆の借金が二千万文ほどありました」
広場がざわめいた。
本家の侍たちの何人かが、分家の方を見る。
「お前ら、そんなに抱えておったのか」
「大変やったな」
分家の侍がすぐに言い返す。
「笑えんぞ」
「本家も絶対それくらいある」
八郎も頷いた。
「笑えません」
「島津本家様にも、同じくらいあると思います」
「表に出ていないだけです」
本家の侍たちの顔色が変わる。
「その二千万文の借金ですが」
八郎はさらに言った。
「今月の遠征の合間に、おそらく全部消えます」
今度は本当に、どよめきが起こった。
「何代もかけて払うような借金が、そんなに消えるのか」
「はい」
「市と帳面と飯が回れば、消えます」
分家の侍が本家の侍へ向かって言う。
「どうじゃ」
「わしらも、最初は四歳児についたと思うた」
「だが、この四歳児がとんでもなさすぎて、世間の評価と中身がまるで違う」
「阿蘇の戦にも行った者なら分かる」
「戦の概念が変わるぞ」
本家の侍が杯を見つめた。
「今回、それを見られるわけか」
「じれったい戦になると思います」
八郎が答える。
「城を囲みます」
「飯を炊きます」
「矢を撃たせます」
「逃げたい者は逃がします」
「降りたい者は受け入れます」
「その間に、皆様には芋焼酎でも飲みながら、仲良くなっていただければ」
本家と分家の侍たちは顔を見合わせた。
そして、どちらからともなく笑った。
「まあ、ありじゃな」
「お互い、八郎殿に世話になる身やからな」
八郎は首を振った。
「いえいえ」
「僕らの方こそ、島津の武にお世話になっています」
「私がのんびり飯と帳面を動かせるのは、島津の皆様が強いという評判があるからです」
その言葉に、本家の侍たちは少し誇らしげな顔をした。
分家の侍も、悪い気はしていない。
その日の広場は、酒と飯と、少しぎこちない笑いで終わった。
夜更け、実久様が八郎へ声をかける。
「ところで、二郎殿はどうじゃ」
「本家の姫と仲良くやっておるのか」
八郎は二郎と姫君が畑の話をしている方をちらりと見た。
「なかなか、空気は合いそうです」
「二人とも静かですが、話は途切れていません」
「できれば、この戦が終わるまでに婚姻まで進んでくれると、島津本家様の面子も立つと思っています」
実久様はにやりと笑った。
「また四歳児が縁談の算段か」
「はい」
八郎は胸を張った。
「戦も縁談も、早めの帳面が大事です」
実久様は杯を掲げ、呆れたように笑った。
「ほんま、恐ろしい四歳児じゃ」




