1534年3月4週目。島津分家のご飯会。八郎は明日以降の流れや戦略を兄様方に話す。姫君たちも奮起して兄様方に話しかける。
翌日の晩、八郎たちは一郎と千代姉様の館へ向かった。
ただし、二郎は連れていかない。
二郎は島津本家の姫君と、父母と一緒に、八郎の家で別に飯を食べることになっていた。
「なんで俺だけ外されるんや」
二郎はまだ少し不満そうだったが、八郎は平然としていた。
「今、あの姫様と仲良く話せているのに、私が分家の姫様方のところへ連れて行ったら、
私が悪者になります」
「悪者って」
「兄様が本当に別の方を見たいなら連れていきますけど」
「いや、それは……」
二郎がごにょごにょ言い出したので、八郎は満足そうに頷いた。
「では、今日は父上母上と四人でご飯を食べてください」
「いきなり家族会議やないか」
「縁談とは家族会議です」
そう言い残し、八郎は三郎、四郎、五郎、六郎、七郎を連れて、一郎の館へ向かった。
館ではすでに膳が並んでいた。
千代姉様の采配で、広めの座敷にゆったりと席が作られている。
三郎の近くには、以前から料理の話をしたがっていた姫君が座り、
五郎の近くにも市の話に興味を持つ姫君がいた。
四郎の隣にも、穏やかな姫君が自然に座っている。
六郎と七郎は、この前少し話した姫君たちと、まだぎこちないながらも挨拶を交わしていた。
八郎はその様子を見て、小さく頷いた。
「よろしいですね」
「何がよろしいんや」
一郎が苦笑する。
「皆さん、ちゃんと自分で座っておられます」
「無理に並べた感じが少ないです」
千代姉様がくすりと笑う。
「八郎様は、そういうところを本当に見ておられるのですね」
「見ます」
「縁談は、席の座り方にも出ます」
「四歳児の言葉ではないな」
五郎が呆れたように言い、座敷に笑いが起きた。
食事が始まる前、八郎は千代姉様と一郎のそばへ寄った。
「先だって、実久様へご連絡いただきありがとうございました」
「ええ」
「動き出すことになりそうです」
千代姉様の表情が少し引き締まる。
「大隅ですか」
「はい」
「島津本家様から返答が来しだい、肝付へ向かう可能性があります」
「その前に、お願いしたいことがあります」
「何でしょう」
「二郎兄様には、島津本家の姫様と一緒に、本家領へ行っていただきたいと思っています」
「芋やな」
一郎がすぐに反応した。
「はい」
「技術指導ができる者」
「それと、一郎兄様」
八郎は一郎を見る。
「畑の道具を扱える職人も連れていった方がいいですよね」
「確かに」
一郎は頷いた。
「畑を整える道具と職人は要る」
「ですよね」
八郎は膳の端を指で叩く。
「本家では三万五千石分、市を導入する予定です」
「市は三十ほど立ち上げます」
「三十……」
千代姉様が目を丸くする。
「いつも通りです」
「いつも通りの規模ではありませんよ」
「慣れてください」
八郎はさらりと言った。
「三郎兄様には、市のご飯を見ていただきたい」
「全部に関わる必要はありません」
「ただ、最初の形は見てほしい」
「四郎兄様と五郎兄様には、寺社市を考えてもらいたいです」
「本家に行くか、分家に行くかは、四郎兄様と五郎兄様で相談してください」
「俺ら、飯食う前から仕事振られてるやん」
五郎が遠くから突っ込む。
「縁談と仕事は一緒に進める方が自然です」
「自然か、それ」
「八郎家では自然です」
また笑いが起きた。
八郎はさらに続ける。
「あと、分家でも城の広場を使った訓練と炊き出しを進めてください」
「自分たちの帳面を出して、今の借金がどれだけ減っているかを民に話す場を作るんです」
「庄屋衆の借金は鬼のように減っています」
「先に市を入れたところは、もうゼロになった場所もあります」
「前は一千万あった」
「今はここまで消えた」
「そう話せるのは強いです」
千代姉様が少し首をかしげる。
「でも、島津本家と縁を結ぶなら、分家が戦う必要は減るのではありませんか」
「違います」
八郎はすぐに首を振った。
「一つは防犯です」
「皆が顔を合わせている」
「皆が槍や弓の練習をしている」
「それだけで、揉め事は起こりにくくなります」
「普段は平和でいいんです」
「でも飢饉や荒れた年が来た時、皆が少しでも動ける状態であることが大事です」
座敷の空気が少し静かになる。
「もう一つは総力戦です」
「大友、大内と真正面からやり合う時が来るかもしれません」
「その時、戦えなくても、炊き出しの兵として来てほしい」
「荷を運ぶだけでもいい」
「飯を炊くだけでもいい」
「常日頃から体を動かして、集まることに慣れておく」
「それが大事です」
三郎が静かに頷いた。
「飯炊きも兵か」
「はい」
「八郎軍では、飯炊きは兵です」
八郎は続けた。
「そして、その行き先が琉球になる可能性もあります」
「琉球?」
千代姉様が驚いた。
「なぜ琉球なのですか」
「貿易の幅が広がるからです」
「今でも泡盛を入れたり、芋をこちらへ持ってきたりしています」
「それに、芋は向こうでは二回取れるんです」
一郎の顔が変わった。
「二回……」
「はい」
「この意味は、一郎兄様と二郎兄様なら分かるでしょう」
「倍になる」
「そうです」
「それに、サトウキビです」
「砂糖が大量に取れるなら、交易品としてとんでもなく貴重です」
「もちろん、私は交易を活発にできればそれでいいと思っています」
「でも、揉めることもあります」
「その時に、出せる人を出せると見せることが大事です」
千代姉様は感心したように息を吐いた。
「めちゃくちゃ戦略的ですね」
「飯と畑と銭の話をしているだけです」
「それが戦略なのです」
姫君の一人がぽつりと言った。
「では、私たちもうかうかしていられませんね」
「うかうかしていられません」
八郎は真顔で頷いた。
「なんなら、二郎兄様が結婚まで進んでくだされば、少し落ち着きます」
その言葉に、三郎と五郎が同時に苦笑した。
「俺らは?」
「三郎兄様と五郎兄様は人気がありすぎます」
「そのうち島津本家の大殿様が、二人きりの部屋を三つ四つ用意して、順番に話せとか
言い出しそうで怖いです」
「あの酔っ払ったお父様なら、やりかねません」
姫君たちが吹き出す。
すると三郎の近くの姫君が、少し頬を赤くしながら言った。
「でも、そんな形でよいのでしょうか」
五郎の隣の姫君も続ける。
「私たちはもう少し、普通にお話ししたいです」
「後々、家のために夫婦になったという入り口だけになるのは、少し寂しいです」
「だから」
姫君は少し勇気を出すように顔を上げた。
「私たちと、遊びましょうよ」
座敷が一瞬静まり、それから笑いに包まれた。
「どういう状況や」
四郎が呟く。
八郎は楽しそうに笑った。
「これが今の八郎家の勢いです」
「皆さん、家の話をしながら、自分の気持ちもちゃんと出し始めています」
一郎と千代姉様は顔を見合わせ、少し照れくさそうに笑った。
「一郎兄様と千代姉様は、ちょうどいい時にご結婚されましたね」
八郎が言う。
「今のような空気になってからだと、どうしても家の匂いが強くなります」
千代姉様は柔らかく笑った。
「私たちは本当に、よかったのですね」
「はい」
「のろけですね」
八郎が真顔で言うと、千代姉様は扇で口元を隠した。
その横で、姫君たちが少し複雑そうに笑う。
「千代姉様ののろけ話だけ聞かされると、私たち、少し複雑です」
「では、皆さんも頑張ってください」
八郎はそう言って、何事もなかったように膳の芋を口へ運んだ。
座敷には笑いと湯気と、少しだけ焦げた縁談の匂いが漂っていた。




