1534年4週目。八郎が家臣を集めて大隅の肝付を攻める話と島津本家との婚姻を早める話をする。
翌朝、八郎は館に家臣たちを集めた。
いつもの帳面合わせとは空気が違う。
商人衆、侍衆、帳面役、各地の代官。
それぞれが座に着くと、八郎は静かに口を開いた。
「緊急の会議です」
「今、島津本家様とやり取りをしております」
その一言で、場の空気が引き締まる。
「島津本家様からは、縁談のお話をいただいております」
「ただし、縁が結べるかどうかは、まだ分かりません」
「私は、上から無理やり決めるつもりはありません」
「ですが、島津本家様は、その代わりとして援軍を出すと申し出てくださいました」
ざわり、と場が動いた。
「援軍……」
「島津本家が、ですか」
「はい」
八郎は頷く。
「そして、私たちは北肥後を見ているように見せています」
「龍造寺、大友、大内」
「皆、そこを見ているでしょう」
「ですが」
八郎は地図を広げ、大きく南へ指を動かした。
「私たちは大隅を目指します」
「肝付です」
その場に沈黙が落ちた。
「肝付……」
「龍造寺ではなく?」
「はい」
八郎は落ち着いて答える。
「今、龍造寺を攻めるのは得ではありません」
「北肥後を動かせば、大友も大内もこちらを見る」
「まだ向きを決めていない国人衆も、余計に揺れます」
「そこは市を回し、借金を減らし、暮らしの差を見せる」
「向こうから頭を下げさせる方が安い」
家臣たちは黙って聞いている。
「一方、大隅は違います」
「肝付は島津の敵でもありました」
「島津本家様も分家も、兵を出す理由があります」
「そして農作業が始まる時期です」
「農民兵は極力使いません」
八郎は数字を示した。
「八郎領で正規に動かせる兵は、七千を超える程度」
「その半分は、北肥後、大友、龍造寺方面への守りに残します」
「残り半分」
「三千五百を動かします」
「薩摩川内、薩摩周辺、そして侍の借金が消えたところを中心に」
「そこへ島津分家、実久様より千五百」
「島津本家様より千五百から二千」
「合わせて六千五百から七千五百」
「これで大隅へ向かいます」
侍衆の顔が変わった。
特に薩摩川内の者たちは、背筋を伸ばす。
「借金が消えたところは、ここが働き時です」
八郎はその者たちを見る。
「皆さんには、きちんと働いていただきます」
「ただし、死なないでください」
「……死なないで、ですか」
「はい」
「今回も阿蘇方式です」
その言葉に、何人かが顔を見合わせた。
「阿蘇方式……」
「つまり、待つ戦ですか」
「はい」
八郎はにこりと笑う。
「槍働きしたい方には申し訳ありません」
「お給料は出します」
「褒美も出します」
「ですが、基本は心を挫く戦です」
「島津本家様は、先だって伊東へ三千で攻めました」
「肝付・伊東の連合相手に、不利な状況で土地を取りました」
「それはすごいことです」
「でも、今回は違います」
「こちらは数で上回ります」
「補給もあります」
「銭もあります」
「私は二百万文、場合によっては三百万文を持っていくつもりです」
「三百万文!」
帳面役が思わず声を上げた。
八郎は平然としている。
「道中で飯を買います」
「米を買います」
「味噌を買います」
「野菜を買います」
「労賃を払います」
「炊き出しをします」
「そして、肝付の農民兵に見せます」
「八郎軍は飯を出す」
「銭を払う」
「借金を消す」
「逃げても殺さない」
「そう思わせるところから戦を始めます」
侍衆の一人が唸った。
「また、城を囲む前から戦うわけですな」
「その通りです」
八郎は頷く。
「弓矢を撃たせます」
「矢が減るまで撃たせます」
「兵糧が減るまで待ちます」
「こちらは飯を炊きます」
「周辺の国人衆の挨拶も受けます」
「逃げる兵は逃がします」
「降る侍は受け入れます」
「血を流すより、心を折る」
「それが一番安いです」
場に重い沈黙が落ちた。
戦を語っているのに、八郎の言葉はどこか商いの話に似ていた。
だが、それが恐ろしい。
「大隅は一つずつ押さえます」
「伊東は今、島津本家様と講和しております」
「ですから、すぐには攻めません」
「ただし、肝付を押さえれば、次は伊東であることは見せます」
「龍造寺よりも先に南を固めます」
「南を固めれば、大友と接する場所も増えます」
「北肥後だけでなく、別の形で大友を見ることができます」
「挟める形を作る」
「でも、こちらは何も知らぬ顔で飯を炊きます」
その言い方に、少しだけ笑いが起きた。
しかし誰も気を抜かなかった。
八郎は続ける。
「私が一ヶ月ほど館を空ける可能性があります」
「その間、市を絶対に止めないでください」
「肉あん鍋も動かす」
「湯浴みも動かす」
「寺社出市も動かす」
「帰ってきた時、銭が積み上がっている状態にしてください」
「島津本家様、分家様へは何百万文単位で支払いが発生します」
「阿蘇の時と同じく、一括で払います」
「その銭で島津の侍衆の借金も消してもらう」
「だから市が止まれば、全部が止まります」
帳面役たちが深く頭を下げた。
「承知しました」
「それと」
八郎は北の地図を指した。
「もし私が留守の間に、大友、大内、龍造寺に動きがあれば」
「遠慮せず兵を動かしてください」
「必要なら農民兵も起こして構いません」
「そのために毎月訓練をし、飯を出し、準備をしているのです」
「私がいなくても動ける状態にしておいてください」
その言葉に、皆の顔がさらに引き締まった。
八郎がいない間に、自分たちが八郎領を守る。
その重さが、一気に広間へ落ちた。
「よろしいですね」
「はい!」
力強い返事が返る。
八郎は最後に、小さく笑った。
「戦です」
「でも、いつも通りです」
「飯を炊き、銭を払い、帳面を見て、できるだけ人を死なせずに勝ちます」
「槍を振る方は槍を」
「帳面を見る方は帳面を」
「飯を炊く方は飯を」
「皆さん、それぞれの戦をしてください」
誰かがぽつりと呟いた。
「……本当に、四歳児の軍議ではありませんな」
その一言に、張り詰めた場に少しだけ笑いが戻った。
八郎も照れくさそうに頭をかく。
「四歳児です」
「ただ、少しだけ忙しい四歳児です」
そうして、大隅へ向かうための準備が、静かに、しかし確実に始まった。




