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1534年3月4週目。八郎からの早馬が島津本家に届く。返事の文を書くと同時に婚姻を急がせろと話す忠良。

八郎からの早馬が島津本家へ駆け込んだのは、その日の夜であった。

使者は息を切らしながら、文を差し出す。

隆久は封を切り、目を通した。

読み進めるうちに、眉が上がる。

「……なんじゃと」

周囲の家臣たちが身を固くする。

「八郎殿が聞きたいことは三つあるそうじゃ」

忠良は文を指で叩いた。

「一つ。島津本家は分家と連合軍を組めるか」

「二つ。農繁期に、農民兵ではなく正規の侍衆をどれだけ出せるか」

「三つ。大隅を取った時、土地は八郎側が取り、島津は銭を受け取る形でどうか」

広間が静まり返った。

貴久が低く唸る。

「大隅……肝付でございますか」

「そうじゃ」

隆久は文を畳みながら、にやりと笑った。

「龍造寺ではなく、肝付を取るつもりらしい」

「なるほどな」

「北肥後を動かせば、大友、大内、龍造寺が一斉にこちらを見る」

「だが肝付なら、島津の話として処理できる」

「しかも、うちの敵であったところじゃ」

「ありですな」

「ありじゃ」

忠良は即答した。

「借金だらけの土地を取っても、こちらでは面倒を見切れん」

「ならば土地は八郎殿が管理し、市を入れ、借金を消す」

「島津は兵を出し、銭をもらう」

「複雑ではある」

「だが、断る理由があまりない」

家臣の一人が恐る恐る尋ねた。

「それでは、島津本家も八郎殿の傘下に入るように見えませぬか」

「見える」

忠良は苦笑した。

「見えるが、今さらじゃ」

「市を入れるという時点で、もう片足は入っておる」

「ならば、半端に嫌がるより、得るものを得た方がよい」

忠義が文を受け取って読み直す。

「兵は六千から七千ほどを見込んでいるようです」

「うちが先だって伊東へ三千で攻めた倍か」

「はい」

「そこへ八郎殿の飯と銭じゃ」

隆久は大きく息を吐いた。

「阿蘇の時のように、百万文単位でばら撒きながら進むつもりじゃろう」

「肝付の兵の戦意は、初手からくじかれる」

「城を囲む前から戦が始まるわけですな」

「そうじゃ」

「だから怖い」

忠良はすぐに命じた。

「返書を書け」

「連合軍は組める」

「農繁期でも正規の侍衆千五百、無理をすれば二千」

「兵の用意を始める」

「大隅の取り分については、八郎殿の案で進める方向でよい、と」

「はっ」

「それから」

忠良の声が鋭くなる。

「姫たちの婚姻を急がせろ」

家臣たちが顔を上げる。

「大隅を取る前に八郎殿と縁を結ぶのと、取った後に結ぶのとでは意味が違う」

「世間の見方が変わる」

「婚礼の式など後でよい」

「まず、婚姻したという事実を作れ」

「姫君方は、今どのように」

「次郎様、三郎様、五郎様に関心を示された姫君がおられるところまでは確認しております」

「そこまでか」

忠良は舌打ちした。

「すぐ複数で走れ」

「八郎殿への返書を届ける者」

「姫たちの様子を聞く者」

「状況をこちらへ戻す者」

「分けて走らせろ」

「おそらく八郎殿はもう動いておる」

「なんなら今日のうちに飯でも食わせておるはずじゃ」

家臣の一人が苦笑した。

「そこまで読まれますか」

「読む」

忠良は当然のように言った。

「八郎殿の動きは速い」

「ついていけぬ者から置いていかれる」

「今は一日が重い」

すぐに屋敷の馬場が騒がしくなった。

早馬が三騎、四騎と用意される。

一方その頃、八郎の屋敷では、まだ晩飯の余韻が残っていた。

八郎は千代姉様に向かって、さらりと言った。

「千代姉様」

「実久様にも早馬をお願いします」

「実久様へ?」

「はい」

「島津本家様から返答が来しだい、大隅へ向かう可能性があります」

「実久様には千五百、できれば二千の兵を考えていただきたい」

「島津本家様と分家様の連合軍として動きます」

「こちらは三千五百から四千」

「返答が来たら、すぐ軍を起こします」

千代姉様は一郎と顔を見合わせた。

「……今、この晩飯の席で言う話ですか」

「今だからです」

八郎は真面目に頷く。

「早い方がいいです」

「大隅を取る前と後では、縁談の意味も変わります」

「ですから、明日か明後日には一郎兄様の館でご飯を食べましょう」

「え?」

一郎が目を丸くする。

「今、軍の話をしていたやろ」

「はい」

「その続きで飯の話になるのか」

「なります」

八郎は胸を張った。

「戦も縁談も、飯が大事です」

母が呆れたように笑う。

「どんな晩飯の締め方してるの、あんたは」

父も苦笑した。

「飯を食うてたら、いつの間にか大隅攻めが決まっとる」

二郎が頭を抱える。

「ほんまに落ち着かん家やな」

すると八郎は、にこりと笑って言った。

「落ち着かないのではありません」

「動いているんです」

その一言に、座敷中が笑った。

だが、その笑いの奥で、誰もが分かっていた。

この晩飯の先に、また国が動く。

そして、その中心にいるのは、椀を抱えた四歳児なのだと。

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