1534年3月4週目。八郎宅の食事の終わりかけに八郎が数日で軍を起こし肝付に兵を向ける話をする。ついでに島津分家でご飯食べる話もする。
食事も終わりに近づき、汁物の椀も空になってきた頃、八郎は箸を置いた。
「とりあえず、今日はこれぐらいでよろしいかと思います」
母が笑う。
「ようしゃべったね、八郎」
「はい」
「ただ、先に言っておくことがあります」
その声が少し真面目になったので、座敷の空気も変わった。
八郎は皆を見回す。
「あと二、三日したら、軍を起こして動く可能性があります」
「……は?」
五郎が箸を落としそうになった。
「なんで急にそんな話になるんや」
姫君たちも目を丸くしている。
八郎は平然としていた。
「急ではありません」
「実は、今日すでに早馬が走っております」
「今日、姫様方がこちらへ来られる前に、島津本家様へ文を届けるよう手配しました」
「何を書いたんや」
一郎が尋ねる。
「確認です」
八郎は指を折りながら言う。
「一つ目」
「島津本家様と島津分家、実久様の軍勢で連合軍が組めるか」
「二つ目」
「農作業が始まっている中で、農民兵ではなく、正規の侍衆をどれだけ動かせるか」
「三つ目」
「肝付を取った場合の取り分をどうするか」
その言葉に、座敷が一瞬静まる。
「肝付……?」
千代姉様が小さく呟いた。
「はい」
八郎は頷く。
「島津本家様は、先だって伊東と戦をして講和を結んでおります」
「ですから、伊東は後回しです」
「先に肝付、大隅方面を押さえに行く方がよいと考えています」
「龍造寺ではなく?」
長姉の姫君が尋ねる。
「今、龍造寺を攻めるのは得ではありません」
「北肥後には、大友、龍造寺、大内が絡みます」
「そこは市を回し、暮らしの差を見せ、向こうから頭を下げさせる方が安い」
「無理に火をつける必要はありません」
八郎は椀をそっと脇へ寄せた。
「八郎軍の半分は北肥後に残します」
「大友、龍造寺方面への守りです」
「残り半分、三千五百ほどを肝付方面へ動かします」
「そこへ実久様から千五百」
「島津本家様から千五百から二千」
「合わせて六千五百から七千五百」
「それで肝付へ向かいます」
父が目を丸くした。
「お前、ほんまに四歳か」
「四歳です」
「一ヶ月ほど家を空けるかもしれません」
「どんな四歳じゃ」
母まで呆れたように言う。
八郎は少し笑った。
「大丈夫です」
「多分、いつも通りです」
「道中で飯を買い、銭を払い、味噌汁を飲みながら、相手の兵が逃げるのを待つだけです」
「それを無難と言うな」
一郎が苦笑する。
「無茶苦茶や」
「血を流すよりは無難です」
八郎は真面目に返した。
「大隅を取った場合、土地はこちらが管理します」
「島津本家様、分家様には兵を出していただいた費用を一括でお支払いする」
「阿蘇の時に実久様へお渡ししたのと同じ形です」
「その銭で侍衆の借金を返していただく」
「そうすれば、島津の武も立ちますし、こちらは土地を整えられます」
姫君たちは、先ほどまでの食卓の和やかさとは別の八郎を見ていた。
四歳児の顔で団子を食べる子。
兄の縁談に口を出す子。
そして、国を動かす子。
全部が同じ八郎だった。
「ですから」
八郎は姫君たちへ向き直った。
「今のうちに動いてください」
「大隅を取った後に縁談となると、力関係が変わります」
「今、島津本家様は十四万石ほど」
「八郎領は四十万石前後」
「島津分家はすでに千代姉様を通じて縁を結んでおります」
「世間は、分家が八郎家の側へ入ったように見ます」
千代姉様が少し苦笑する。
「実際は、そんな単純なものではないのですけれど」
「はい」
「でも世間はそう見ます」
八郎は頷く。
「だから、島津本家様が市を導入するなら、今ならまだ面子が立ちます」
「ですが、大隅を押さえた後では、少し意味が変わります」
「その前に、積極的に会っておいた方がよろしいです」
長姉は静かに頷いた。
「分かりました」
「明日か明後日には、一郎兄様の館でご飯を食べたいと思っています」
「急やな」
一郎が目を丸くする。
「急です」
「世の中が急ですから」
八郎は当然のように言った。
「ただし、二郎兄様は仲間外れにします」
「なんでや」
二郎がすぐに反応した。
「今、そちらの姫様とものすごく仲良さそうにしているのに、私が分家の方へ二郎兄様を
連れて行ったら、私が悪者になるじゃないですか」
座敷に笑いが広がる。
二郎の隣にいた姫君は、顔を赤くしながら俯いた。
八郎はわざとらしく首をかしげる。
「それとも、今の姫様はお気に召しませんか?」
「いや、そういうことではない」
二郎が慌てる。
「話も合うし……その……」
「では何が悪いんですか」
八郎は追い打ちをかける。
「まだ他の女性も見たいんですか?」
その瞬間、二郎と話していた姫君が、少しだけ顔を上げた。
「二郎様?」
声は柔らかい。
しかし、ほんの少しだけ詰める響きがあった。
二郎は完全に固まった。
兄弟たちは肩を震わせて笑う。
母も口元を押さえている。
「分かりました」
八郎は満足そうに頷いた。
「二郎兄様は仲間外れです」
「その代わり、そちらの姫様とお二人でご飯を食べたらどうです?」
「二人で!?」
二郎と姫君が同時に声を上げる。
「なんなら、兄様方全員を一郎兄様の館へ連れていきますから」
八郎はさらに続けた。
「父上、母上、二郎兄様、姫様の四人でご飯を食べるのもよくないですか?」
父が吹き出した。
「一気に家族会議になっとるじゃないか!」
その一言で、座敷中が大笑いになった。
二郎は耳まで赤くなり、姫君も顔を伏せながら笑っている。
八郎はその様子を見て、にこにこと椀を持ち直した。
「戦も縁談も、準備が大事です」
「飯を食べられるうちに、ちゃんと食べておきましょう」
母が呆れながらも笑った。
「ほんまに、何でも飯に戻す子やね」
「はい」
八郎は胸を張る。
「飯があれば、だいたい何とかなります」
その晩の食卓は、戦の予告まで飛び出したにもかかわらず、最後まで笑いに包まれていた。




