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1533年1月。領主との謁見を終え帰宅の途につく一行。父親は寿命が縮んだと怒るが領主が諭す。元服までに超えられるかと言われるが、和尚様は後2.3年だと笑う

領主の間を出た後。

 父上はしばらく無言だった。

 屋敷の門を抜け、人目が少なくなったところで、ようやく大きく息を吐く。

「八郎……」

「はい」

「お前……」

 父上は頭を抱えた。

「ほんま勘弁してくれ」

「何がでしょう?」

「何がでしょう、やない!」

 珍しく父上が声を荒げた。

「領主様相手やぞ!」

「税を下げろやら、商人との関係を見抜いてるやら」

「下手したら首が飛ぶ話やぞ!」

 確かに。

 普通ならそうだった。

 子供だから許される。

 そう考えるのは甘い。

 この時代、人を殺す理由などいくらでも作れる。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 その時。

 後ろから声がした。

「まあ、そう怒るな」

 領主様だった。

 見送りに出てきたらしい。

 父上は慌てて頭を下げる。

「申し訳ございませぬ!」

「よい」

 領主様は笑った。

「お前の息子は危うい」

「はい……」

「だがな」

 領主様は俺を見る。

「こやつは、わしが馬鹿ではないと分かって話しておる」

「馬鹿な領主なら」

「三歳児がここまで見えている時点で怖くなる」

「殺すか」

「家族を人質に取るか」

「力で押さえつける」

 父上の顔が青ざめる。

「だが」

「八郎は、わしがそれをせぬと読んだ」

 俺は黙る。

「違うか?」

「……」

「どうでしょう」

 領主様は笑った。

「それじゃ」

「その顔じゃ」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「三歳の童相手に本気で怯えて潰す」

「そんなことをすれば、わし自身が小物じゃ」

「そう思うところまで読んでおる」

「恐ろしい子じゃ」

 父上は俺を見る。

 初めて見るものを見るような目だった。

「だがな八郎」

 領主様は少し真面目な声になる。

「危ういぞ」

「はい」

「相手が皆、わしのように話を聞くと思うな」

「分かっています」

「いや」

「分かっておらん」

 強い声だった。

「お前はまだ元服もしておらん」

「体も小さい」

「刀一本振れぬ」

「だから周りを頼れ」

 そして父上を見る。

「支えてやれ」

「この童は先へ行きすぎる」

「はい」

「親の役目じゃ」

 父上は深く頭を下げた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 すると領主様は少し笑う。

「まあ」

「もし将来」

「わしがこの童の前で頭を下げる日が来るなら」

 家臣たちがざわついた。

「できれば戦で負けて捕まった後ではなく」

「首を取られる前でもなく」

「普通に頭を下げたいものじゃ」

「殿……」

「冗談じゃ」

 そう言いながら。

 誰も完全な冗談とは思っていなかった。

「元服までにな」

 領主様はそう言って去っていった。

 帰り道。

 父上はまたため息をつく。

「八郎」

「はい」

「寿命が縮んだ」

「父上」

「なんじゃ」

「もう少し、どっしり構えてください」

「三歳児に言われとうないわ」

 和尚様が笑った。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 だが。

 和尚様は小さく言った。

「しかしな」

「殿は元服まで、と言われたが」

「わしは違うと思う」

 父上が振り返る。

「違う?」

「あと二、三年じゃろうな」

「は?」

「早ければ今年か来年」

 父上が固まった。

「何を言うております」

「八郎が領主様を超えるなど……」

「いや」

 和尚様は首を振る。

「そういう話ではない」

「今回の話を考えよ」

「百五十石から千五百石」

「見る人間が十倍になる」

「八郎を知る者も十倍になる」

「今までは家族と市だけだった」

「これからは違う」

「村」

「職人」

「漁師」

「商人」

「全部巻き込む」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「そして」

「税を一割下げさせた」

「これだけでも普通ではない」

「さらに」

「減った税の分を商いで埋めると言った」

「つまり」

「八郎は領主ができなかったことを試すことになる」

 父上は黙った。

「成功すれば?」

 和尚様は言う。

「人は誰を見る?」

「税を取る者か」

「暮らしを楽にして銭を生む者か」

 答えは分かっていた。

「八郎」

 和尚様が俺を見る。

「お前も気づいておるな」

「何がでしょう」

「動かせるものが増えた」

「そう思っておる顔じゃ」

 俺は少し笑った。

「まあ」

「人手が増えるのはありがたいです」

「ほれ見ろ」

 和尚様が笑う。

「父上」

「はい?」

「しっかりしてくださいね」

「何をじゃ」

「このままだと」

「綺麗な着物を着せられて」

「上座にちょこんと座っているだけになりますよ」

「……」

 父上が固まる。

 和尚様が吹き出した。

「八郎」

「はい」

「父親に向かって失礼じゃ」

「でも父上はまだ若いです」

「田も知っている」

「人も知っている」

「だから支えてほしいんです」

 父上はしばらく黙った後。

 俺の頭を撫でた。

「ほんま」

「変な息子を持ったわ」

「すみません」

「褒めとる」

 こうして。

 三歳の八郎は、千五百石を見ることになった。

 ただの飯屋から。

 村を動かす者へ。

 そして本人以外は、薄々気づいていた。

 この流れは、もう止まらないと。

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